第11章 寛闊もの
『シャンプーするので、こちらにお願いします。』
「ちぇーつれないのー。エイくん悲しいなー。」
『じゃあ、毎回私を指名しないでください。』
うちの店には指名制度がある。と言っても軽いもので、ご希望があればという感じだ。
少し前まではほとんど男性スタッフに使われていたが、最近では私を指名してくださるお客様もいる。
「それはムリ。僕絵夢ちゃん見てるだけで癒されるし。」
彼もそのうちの一人だ。女性のお客様と世間話をしたり、お年寄りの方の昔話を聞いたりするのは好きだ。
しかし彼はろくな話をしない。常に私を揶揄するか自分のモテ自慢するかしている。だから、正直言って面倒だ。
『毎週毎週私のことからかってよく飽きませんね。』
私はもう彼の揶揄に対してムキになるのも疲れたというのに、一方の彼は毎週毎週同じようなことを飽きずに言ってくる。
「だってー本心だもんっ。」
周りの女性からの視線を感じないのだろうか。嫌に通る彼の声は店全体に響いているのだ。
この彼の人格は私にはどうすることもできないと悟り、無言で作業を進めた。
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『はい、終わりましたよ。』
「おー、さすが絵夢ちゃん!腕は確かだねー。」
『ありがとうございます。さぁ、さっさとお会計済ませてください。』
「あらー、なんと冷めていること。」
いつもの通り、彼をなんとかあしらいながら全ての工程が完了した。店も混雑しているし、休憩時間も迫っているため彼には一刻も早く帰っていただきたい。
「ねぇ、今度さごはん食べに行こうよ。おごるから。」
『だからいつも言っているじゃないですか。お客様からのお誘いは全てお断りしているんです。』
彼には何度となく食事や外出に誘われたが、それを受けたことはない。
というより、他のお客様の誘いも受けたことはないのでこれは彼に限ったことではない。
「じゃあ、僕が"お客様"じゃなくなったらいいの?」
『えっ…?』
いつもより低めの声に一瞬驚いた。彼を見ると真剣そうな眼差しでこちらを見つめている。
見たことのない表情にうろたえて、すぐに返答できない。
「ねぇ、絵夢ちゃんが僕のものになってくれるなら、なんでもするよ?」