第10章 愛嬌もの
心なしか後悔しつつも、やはりひとりになるよりはマシだと思ってしまう。そっと目を閉じるとやはり聴覚が敏感になる。
こんな状況でも睡魔がやってくるとはなんとも楽観的なやつだ。私は襲ってきた睡魔に勝つことができず意識を手放した。
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「…嘘でしょ…。」
椎は何度浴室から声をかけても動く気配すらしない絵夢に違和感を感じ、慌てて扉を開けた。
しかしそんな心配は必要なかった。その柔らかな寝顔に安心感と呆れが同時に押し寄せる。
「…どうしてあなたはそんなに不用心…なのかな。」
腰にタオルを巻いただけの格好で、彼女の前に屈み込む。軽く頬をつねってみるも、その表情は変わらず穏やかだ。
先ほどの怯えていたのとは打って変わった態度に苦笑を漏らす。
「風邪、ひいたら困るでしょ…。」
椎は自分がもと着ていたパーカを彼女にかけた。その後、早々と着替えを済ませた彼は軽々と彼女を横抱きにしてリビングへと運んだ。
すでに敷いてあった布団にゆっくりと下ろす。
(安心したような顔しちゃって。俺より虫の方が怖いってなんだよ…。)
絵夢の危機管理能力の低さにいまいち納得できないと思いながらも、愛おしそうな視線を送る。
先ほど乾かした髪はやはり柔らかい。その髪を撫でながら考える。自分はやはりソファで寝るべきではないか、と。
「いっしょに寝る…のはやっぱりまずいと、思うんだけど…ねぇ。」
同じ布団に入れるなど、普段の生活からは考えられない。
彼女のぬくもりを感じて眠りたくないと言えば嘘になる。しかしその思いを僅かに残る理性が邪魔をする。
(…眠い。)
徐々に椎の瞼が重くなっていき、理性すら消えそうになる。しかし彼の中で答えは出ていない。
とうとう睡魔に負けた彼はフローリングに横になる。目の前には安らかに眠る彼女の顔。
(唇…柔らかそう。)
息を吐いた彼女の唇に不意に目がいく。いつも自分の世界を様々な声色で彩る唇。
睡魔に襲われ意識が朦朧としている中、目の前の淡い桃色にそっと唇を寄せる。
眠り姫の唇を奪うとは、自分はこんなにも臆病で卑怯なやつだったのかと少し情けなくなる。
しかし、彼女が愛らしいのだから仕方ないと、なんの言い訳にもならない言葉を自分にかけ眠りについた。