第9章 空けもの
(………なんで、こうなるの…。)
『隼斗くん。私、帰ります。』
「は…?」
『マサさんには具合が悪いと伝えてください。』
重い店の扉を開け、元来た道とは別の方向へ駆け出す。背後から、私を連れ出してくれた優しい人の声は聞こえたが、それは今もっとも聞きたかった声ではない。
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(…椎、遅いな。)
もう辺りは暗く、いつもなら夕食を食べ終えている時間だ。あれから私は家に帰り、特にすることもなくずっとソファにうずくまっていた。
『…はぁ、椎…怒ってたよね…。』
彼が怒りの感情を自分に見せることはあまりない。私の機嫌が少しくらい悪かろうと、それを彼に八つ当たりしようと、いつでも落ち着いている。
大人なのか、冷めているのかはわからないが、声を荒げるなど全くと言っていいほどない。時々泣き叫びはするが…。
『でも、私…そこまで悪いことしてない…。』
確かに、私だって職場に連絡も無しに彼がやってきたら驚きはするが、怒りはしないと思う。
そんなに自分の働いている姿を見られるのが嫌だったのだろうか。
(似合ってたんだし…別にいいじゃん。)
若干開き直りつつ彼の帰りを待つも、一向に帰ってくる気配がない。この部屋はこんなにも広かっただろうか。
いや、これでも彼がきてから物は増えた方だ。以前より空間的には狭まったはずだ。物音一つしない部屋で、不安が徐々に募っていく。
(…椎も、いつもこんな感じだったのかな…)
いつも自分の帰りをひとりで待っていた彼のことを考える。私と違って、彼は毎日この部屋でひとりだったのだ。
物音一つしない部屋で家事をこなすばかりの日々。たまには気晴らしをしてみてはと提案しても、彼が外へ遊びに出た痕跡は一度も見たことがない。
『そりゃ寂しいよね…。』
自分が仕事場で和やかな時間を過ごしているあいだ、彼は何を考えていたのだろう。
もしかしたら、本当は外へ出たかったのかもしれない。それにもかかわらず、私は何にも気づかず、彼のバイトにも反対しようとしていた。
(…全部、謝らなきゃ。)