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君に十進法

第9章 空けもの



「っはぁー、ちょっと待ってろ。」

そう言って、彼はスタッフルームへと姿を消した。

(…待ってろって、何しに行ったんだろ。)

__________ガチャ

「ほらっ!」

『っふ…!?』

扉を開けた彼にコートを投げつけられる。それを私は顔で受け止める。

『なっ、何するんですか!!』

「ちょっと付き合え。」

『はい…?』

「俺の息抜きに付き合えって言ってんの!マサさんには言ってきた、行くぞ?」

そう言って、彼は私の手をとる。体勢を崩しつつも、なんとか足に力を入れて彼に引かれるままに歩く。

『隼斗くんどこ行くんですかっ?』

長身の彼と私の歩幅は合うはずもなく、少々前のめりになりながらも彼に尋ねる。

「着いてからのお楽しみー」

唇の端を上げながらそう放つ彼は楽しそうだ。

私の気分転換のために連れ出してくれたことはわかっているが、彼もいくらかは気晴らしになっているようで安心した。少し歩くと、人通りの多い大通りに出る。

「あっ、あそこだっ!」

子供のように目を輝かせた彼が、さらに歩調を早める。こうなるともう小走りでなければ着いていけない。

「ここのスコーンが美味いって聞いたんだよっ。」

そう言って彼はその店の扉を開ける。彼に手を引かれるまま、次いで店に入る。

そこは、雰囲気の良いコーヒーショップのようだ。挽きたての豆のいい香りがする。

「いらっしゃ、いま…せ……。」

私が物珍しさに周りをキョロキョロ見回していると、どこからか聞いたことのある声がする。

「何…してるの……。」

『え…。』

目の前には、きちんと制服を着こなした『彼』が立っていた。

ギャルソン姿の彼はなんとも絵になる。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

『何で、椎がいるの…!?』

彼の眉間には深い皺がよっている。予想外の遭遇に頭がうまくついていかない。

彼は今、出勤中のはずで、私はそれが心配で仕事に身が入らず、隼斗くんにコーヒーショップに連れてこられた。今目の前にいるのは、ここにいるはずのない人物だ。

『え?椎、仕事はっ!?』

まさかもう何か問題を起こして辞めさせられたのだろうか。

「だから…してんじゃん、仕事。」

言われてみればそうだ。彼の姿を見てからのその質問はさすがに気が動転しすぎだ。


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