第6章 なにもの
(……椎が褒められてるのは、嬉しい…はず。)
人混みの中に立つ彼のもとに駆け寄るが、人が多くてまるで周りが見えない。前後左右から圧を受け、すでに窒息しそうな勢いだ。
(…どうしよう…椎と、離れちゃう。)
どんどん人の波に呑まれていく彼の背に向かって、懸命に手を伸ばす。しかし、あと少しのところで彼には届かない。
(……椎!!)
______グッ
声は出していない。いや、正確には出すことができなかった。しかし、私の手を握っているのは確実に彼である。
「絵夢…意外と軽いんだね。違う子引っ張っちゃったかと思った…。」
ぬけぬけと失礼な発言をする彼だが、今はそれよりも彼が手を伸ばしてくれたことで胸がいっぱいだ。
彼がそっと私の肩に手を添える。周りの電飾のせいか、彼のきれいな瞳はいつもに増して輝いて見える。
「ねぇ、後ろ…見て?」
『後ろ…?』
彼はそのまま私の視線を体ごと180度回転させる。
『うわぁ…!!』
私たちが立つのは人の流れから少し外れたビルとビルの間の細い路地だ。
その隙間に縦に並ぶ私と彼の視線の先には大きなモミの木が立っていた。並木道の樹木とは、比べ物にならないくらいの存在感に思わず息を呑む。
「俺、こんな大きなクリスマスツリー…初めて見た!」
少し鼻の頭を赤くして笑う彼は、いつもの彼だ。ちゃんと手の届くところにいる、真っ白な彼。
『私も、初めて見た…こんな素敵なツリー。』
「ほんと…?じゃあ、いっしょだ…!」
周りのざわめきなど全く聞こえない。彼の声だけが私の鼓膜に響く。今日の私が吐く息はいつもより少しだけ白く見えた。
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その後、一通りクリスマス気分を味わった私たちは足早に家へと向かった。そして時刻は午後10時半。
私も彼も入浴を終え、テレビから流れるクイズ番組のどよめきをBGMにのんびりとした時間を過ごしていた。
『あのね、クリスマスなんだけど…』
______ピクッ
なんとなく振った話題に彼は異様な反応を示す。何か彼に都合の悪いことでも言っただろうか。
『仕事場で…毎年クリスマスパーティーやってて…』
「……へ?仕事…場……??」
はっきりと彼の頭上に浮かぶ疑問符を不思議に思いながらも、私は首を縦に振る。