第6章 なにもの
『私は割と長くこの辺住んでるから。毎年こんな感じだった気がする。』
「へえ…じゃあこの時期は毎日…駅までの道、楽しかった??」
そう笑顔で質問を投げかけてくる彼を前に、ふと足が止まる。
(…楽しかった…かな?)
そこで彼がくる以前のことを考えてみる。しかし、この時期の記憶で特に印象に残っているものはない。
なんとなく、木々がライトアップされていたのだけはぼんやりと頭に浮かぶ。
(そっか…私、今まであんまり周りを見たことなかったんだ。)
彼と出会うまでは、仕事に必死で、早く一人前になりたくて、もっと上達したくて、今できること全部やりたくて。
見てきたのは、自分の進む道とせいぜい左腕の時計くらいだ。こんなにのんびりと街中を歩くようになったのも彼が来てからだ。少し先で立ち止まり、首を傾げる彼。
『私…今が、一番楽しい。』
彼はどの装飾を見たときよりも目を大きく見開いたが、これが私の本心だ。
彼がいなかった過去、こんな気持ちを味わうことはなかった。彼がいる、彼が見せてくれる今が、一番楽しい。
『ありがとう。』
「…?なんか、変な絵夢ー!」
彼は笑ってそう返したが、彼に感謝しているこの気持ちに嘘はない。
(私…椎がくる前、どんな風にこの道歩いてたんだろう。)
頬を撫でた風は、いつも通り冷たかったがそんな寒さも心のどこかで、いいなと思ってしまう自分がいた。
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______ウィーン
夕飯の買い物を終え店を出ると、すでに外は真っ暗だった。太陽の光が消えた街には色とりどりのイルミネーションがよく映えていた。
「わあ…!すごいすごい!!やっぱり…きれいだね…。」
まるで子どものようにはしゃぐ姿に周りからの視線が集まる。暗い上に、人が多いこの時期は彼を目で追うのも一苦労だ。
『椎!待って!!』
彼を見失いそうになり、そう呼びかけたとき、前を歩く女性の会話が耳に入った。
「ねぇ見て、あの子!なんか子どもみたいにはしゃいでるんだけど、かわいくないっ??」
「ほんとだ!てかかわいいっていうか普通にかっこよくない??すごい美男子!」
その会話を聞いてすぐに彼のことだとわかった。少しだけ優越感に浸ったあと、なんとなくモヤモヤとした感覚におそわれ、それを振り切るように彼に駆け寄った。