第14章 若輩もの
「もう…なんでそういうこと、言うかな…俺の理性をなんだと思って…」
椎がボソボソと何か言っているが私には息の音しか聞こえない。
『…?なんか言った?』
「なんでもない。俺、着替えてくるね…。」
平静を装う椎だが、顔は赤いままである。私はそのまま脱衣所へと向かう彼の背中を見送った。
そしてその数分後、バイトのために彼が家を出るのをしっかりと確認してから部屋へと戻った。
(よし、これからが勝負だ!)
そう、私は以前から練っていた計画を成功させなければならないのだ。今日は年に一度の大切な人の大切な日なのだ。
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時刻は午後7時45分。そろそろ椎の帰ってくる時間だ。
『ふぅ…なんとか間に合った…。』
ダイニングテーブルには二人分とは到底思えない料理の数々。今日は4月5日、椎の誕生日なのだ。
椎の誕生日は、初めての弾丸自己紹介で私が名前の他に拾うことができた唯一の情報だ。この準備をするために、わざとこの日に休みを取っておいた。
『若干作りすぎた気もするけど…まぁいっか。』
最近は椎に任せっきりで料理からは離れていたが、それにしてはなかなかの出来だ。
(椎、びっくりするかな。)
サプライズなんて柄ではないと思っていたが、年に一度くらいならこういうのもいいかもしれない。
そんなことを考えつつ部屋の電気を消し、用意したクラッカーを手にリビングの扉の陰に隠れる。
暗闇に包まれると思わず瞳を閉じそうになる。ここで意識を手放しそうになるとはなかなか強かな神経だ。
(椎…早く帰ってこないかな。)
__________ガチャッ
「ただい…ま…。絵夢ー?」
玄関から椎の声がする。いつもは私が玄関で出迎えているから不思議に思うのも無理はない。
そっと息を潜めて彼が扉に手をかけるのを待つ。少し急ぎ気味の足音とともに扉の開く音がする。
__________パーンッ!!
『椎、お誕生日おめでと…んっ!?』
一瞬のうちに自分の身に何が起こったのか全く把握できない。状況はというと、私の体はすっかり彼の腕の中に収まっている。
『へっ!?えっ?し、椎…ちょっと…』
「何してんの…部屋真っ暗だったから何かあったのかと…。」