第1章 大野智の場合。
「ここで働いてるの?」
と、店内をグルグル見回す。
あれ、大野くんって今や国民的アイドルだったはず…そんなに辺り構わずキョロキョロと、大丈夫なのかな。
「あ、うん。大野くんは…よく来るの?」
「いんや、初めてきた。
にしてもすげぇなぁ、ここ。
オイラこんな品揃えいい店初めてだ」
大野くんが持つカゴの中には既に沢山の材料が入っている。
「いいなぁ、画材屋なんて職業」
「え?」
「うらやましい、
こんな楽しい場所で働けて」
初めて言われた。
こんなスッピンでヨレヨレのTシャツにブルーの汚れたエプロン、汚れた軍手で脚立を登り降りする男前な私。
羨ましいだなんて、言われたことがない。なんなら最近、友達と集まった時にみんなが綺麗に着飾っていて、仕事の話もきらびやかで、自分の職業を恥じたばかりだ。
と思ったら、急に自分が恥ずかしくなった。
私今、昔の好きな人に偶然再会したのに、こんな姿だなんて…これじゃあ、久しぶりに会って綺麗になってたドキドキ!なんてドラマのような展開は、ない。
「どったの、さん」
「…え!?あ、な、なにが!」
「顔、まっか」
あはは、と笑う八重歯に昔を思い出す。
駄目だ、この歳になってまた捕まるなんて。