第3章 相葉雅紀の場合。
「で、殴っちゃったの?」
「…う、うん」
「グーで?」
「う、うん…」
「あははっ、やるね~ちゃん!
今頃綾人も万歳してるよ」
「やっぱりダメだったよね!?
あ~やっちゃったよ!」
そう、あの後、誰から聞いたのか私の元カレは綾人のことを「死んだヤツ死んだヤツ」と何回も連呼した。だから殴った。それが悪いか!って悪いに決まってる。
私が項垂れていると、相葉くんがふふ、っと優しく笑った。
「でもまあ、
女の子がグーで殴っちゃ、だめ」
「…は、はい」
相葉くんが私の右手をとり、赤くなった部分を指でなぞった。
「ほら見て、赤くなってるじゃん」
「大丈夫だよ、痛くないよ」
「ばあちゃんが言ってたよ、
殴った手が赤いのは、
自分の心が痛いからだって」
そう言って、私の手を握ってくれる。
その真剣な目は無邪気な天真爛漫の彼とはかけ離れていて。
「殴る前に俺に言ってよ」
「や、だって相葉くんいなかったし…」
なに、これ。私、相葉くんにドキドキして、る?
握られた手にジワっと変な汗をかく。
私の言葉に相葉くんは「あ、そっか」と一瞬下を向き、困った顔を向けた。
「…どうしよう」
「どうしようって!」
いつの間にか握られた手は離されていて、目の前にはいつものように笑う相葉くんがいて。
ただ、右手には久しぶりに握られた男の人の手の感触と、今はもう触れられていない寂しさが残った。
綾人、違うよ。
私は綾人じゃないとダメなんだよ。