第1章 桜ソング【宮地 清志】
3月に入り、世間は一気に春のムードを漂わせた。
商店街に流れる耳馴染みのある桜ソングを
ぼんやりと聞きつつローファーをならして歩く。
秀徳高校に入学したばかりの去年の春に想いをはせながら、まだ肌寒さの残る空気を胸いっぱいに吸い込み学校へ向かった。
秀徳高校バスケ部に入部してそろそろ1年。
宮地先輩に出会って、まだ1年。
宮地先輩に出会って、もう1年。
世間の春ムードとは裏腹に、まだ桜の咲く気配すらない殺風景な校庭はたくさんの在校生で賑わっていた。
体育館入口の方がざわめき、
卒業式が終わったことが分かる。
私たち在校生は部活ごとに輪を作り、
逸る気持ちで3年生を待っていた。
体育館からぞろぞろ出てくる卒業生の列の中に
やけに目立つ蜂蜜色の頭を見つて小さく呟いた。
「あ、先輩だ」
呟きを拾った高尾は、私の視線をたどって先輩を視界に捉えると、宮地サーーン!と呼びかけながらぶんぶんと手を振った。
先輩は声に反応してこちらに顔を向け、大袈裟な身振りをする彼を見つけてため息を一つついてから、隣にいる友人との会話に区切りをつけてこちらに向かってくる。
「うるせぇ轢くぞ」
そう言って高尾の頭を小突く宮地先輩。
気だるげに首の後ろに手を置く仕草は変わらないのに、
物騒な言葉を言いながら笑う顔はいつもと同じなのに、
上げた右手には卒業証書が入った丸筒を持っていたし、
黒い学ランの胸ポケットにはピンク色の花が添えられていて、
……どこからどう見ても卒業生だった。