第3章 不穏な心
「う、…っく」
嗚咽を押さえながら何とか立ち上がる
赤司さんが戻ってくる前に屋敷に帰らないと
…もちろん、戻りたくなんてなかった
ああ、初めて夜の森に入った時と同じだ
あの時も、私は家に帰りたくなくて
“このまま、どこかへ消えてしまいたい”
そんなことを考えていた
まさか、また同じ気持ちになるなんて
…いや、違う
あの時とは比にならないほど消えてしまいたい
『厄介払いができて清々するわ』
『あんたなんか、吸い殺されちゃえば』
結局私には、愛してくれるひとなんて誰も…
『これからは、俺が君を護るから』
あの蛍の湖で言われた言葉と抱き締めてくれた体温
優しいはずの記憶全てが、ただ残酷だった
よろけながら森を進んで、何とか屋敷に戻ろうと道を辿る
目を擦りながらとぼとぼ歩いていく
「……最悪、」
ぽつり呟いた、その時だった
「…お前が名前だな?」
前の方から聞こえた声に俯いていた顔を上げた
…否、上げようとした
その瞬間、私は突然激しい目眩に襲われた
目も開けていられなくなって、まるで何かに吸い取られるように全身から力が抜けていって
何が起こったのか理解するよりも早く、
私は意識を失った
でも、視界が真っ暗になる直前に、
冷たく私を見下ろす、その男がニヤリと笑った気がした