第1章 一、後押し。
温かい布団の中、私はふと目を覚ました。
とっくに昇ってしまった太陽が、窓を通して部屋の中に光を運んでいる。
その光をぼんやりと眺め、そして慌てて飛び起きた。
…完全な寝坊だ。
「君って、ほんと図々しいよね。」なんて彼からまた嫌味を聞かされるかもしれないと思いながら、いつもの矢柄の袴に身を包む。
午砲が鳴っていないし、まだセーフだよね、と自身を擁護しながらサンルームに駆け込んだ。
「おはようございますっ!」
「おぉ、おはよう子リスちゃん。」
冷たい視線を当てられることを覚悟していたのに、迎えてくれたのは柔らかな声だった。
「…あれ?春草さんは?」
拍子抜けして出た声はなんだか間抜けで、綺麗な動作で湯のみを傾けてお茶を飲んでいるこの家の主に問いかける。
ぴくりと身体を反応させ、鴎外さんはゆるく笑った。
「春草なら、朝早くに学校へ行ったようだよ。何やら今日は、大事な講義があるとか…。」
「あ、そうなんですか…。」
鴎外さんと向かい合うようにテーブルを挟んで椅子に腰かける。
なんだ。それならそうと、言ってくれればよかったのに。
昨日、何も言ってくれなかった彼を思い浮かべ、私は小さくため息をついた。
…思いが通じ合った今でも、彼は時たまこうして何も言わずに出掛けてしまっていることがある。
学生なんだから、学校に行くのは当たり前だろと言われればそれまでで、確かにそうだとしか言いようはないのだけれど…それでも、ずっと家で帰りを待っている時間は、ただただ寂しい。
ふみさんが作ってくれた朝食に箸をつけた時、ちょうど午砲が鳴った。
私の様子を静かに眺めていた鴎外さんは、その午砲を合図にしたかのように口を開いた。
「子リスちゃん、前から聞こうと思っていたのだが…。」
「? はい。」
「春草とはどこまで進んだんだい?」
思わずお味噌汁を噴き出しそうになった。