第1章 人間と国とシフォンケーキ(APH/ロヴィーノ・ヴァルガス)
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南イタリアは、かつてスペインの支配下にありました。そのせいでしょうか。ロヴィーノさんの歌声はいつも、どこかしらに哀愁を帯びているのです。
土曜日の午後、カーテンから柔らかい日差しが差し込む部屋で、マンドリンの音は波間にたゆたうゴンドラのように優しく揺れながら旋律を奏でます。
その甘い空気の中で、私はシフォンケーキの乗っかったお皿を両手で掲げ、緩やかにステップを踏んで回転しました。夢の中で出会った王子さまと踊る、オーロラ姫のように。
「ロマンスって言葉はさ、」
ソファに座っているロヴィーノさんが、弦を弾く手を止めないままで言いました。「元々は、ローマ的なって意味だったんだぜ」
「バレンタインも、ローマが発祥の地ですよね」
「だな。それから、音楽のジャンルで言うロマンスは、自由で、叙情的で、甘美な器楽曲……ま、ここらへんは俺よりも馬鹿弟の方が詳しいけどな」
「素敵な国です」
綺麗な円を保つシフォンケーキを眺めていると、とろけるような気分になります。くるりとゆっくり回る度に、床に淡く映るスカートの影がふわりと浮き上がるのです。
「ロヴィーノさんも踊りませんか?」
「俺はタランテッラしか踊れねーの」
「毒蜘蛛ダンス?」
そう言って私が笑うと、ロヴィーノさんはまた喉を震わせて歌うのです。
夢のような時間でした。しかしいつの時代も、ロマンスは長くは続きません。音楽はやがてテンポを落とし、沈黙へと収束していきました。最後の音はとても小さく、空気と区別がつかなくなるほど、小さく溶けていきました。
「気が済んだだろ。さっさと食おーぜ」
そしてマンドリンを放り投げたロヴィーノさんは、欠伸をしながら言うのです。「腹が減ったぞ、こんちくしょーめ」