第1章 人間と国とシフォンケーキ(APH/ロヴィーノ・ヴァルガス)
*
美人な女性を見かけた際は、声をかけなければ失礼である。
これがロヴィーノさんの座右の銘だと私に教えてくださったのは……えぇと、誰だったか失念しました。きっとフェリシアーノさんかアントーニョさんのどちらかだったと思います。
女性のお尻を追いかけるのは、ラティアーノの本能なのだ。習性であり宿命なのだ。と、お二方のどちらかは私に話してくださいました。もしかしたら、2人揃って言っていたかもしれません。
なんにせよ、南イタリアで生まれ育ったロヴィーノさんも、彼らと同じ宿命を背負っているそうなのです。幼い頃から見栄張りで、口が悪くて、趣味はナンパで特技はスリで。恋に落ちた女性の数だけ、ほっぺたにキスと平手打ちをお見舞いされて生きてきた方なのだそうです。
「とっても良い香りのする薔薇ですね」
扉に鍵をかけながら、私は甘い匂いにうっとりしました。「これなら、バニラエッセンスを使わなくても良いですね」
「はぁ?」
ロヴィーノさんは、私の家に来るといつも真っ先にソファに身体を埋めます。まるで、この家の主であるかのように。
「なまえ、お前また惚けてんのか?」
「? 違いますけど」
「じゃあ言っとくが、それ、食用じゃねーぞ」
「えっ」
今度こそ驚いてしまって、私は顔を上げました。「薔薇の花は、砂糖漬けにして紅茶に浮かべて飲むものですよね?」
「飾って楽しむものだろ、普通は」
ロヴィーノさんは呆れたような顔をしました。それからはたと視線を止めて、おいおいマジかよ……と私の後ろを指差しました。整ったお顔が青ざめています。
「どうしましたロヴィーノさん。背後霊でも見えるんですか?」
「もっと見たくないモン見つけちまった」
「幽霊よりも、見たくないものとは果たして」
私はそうっと振り返りました。しかしそこには見慣れた壁があるだけです。素朴な鳩時計に、額縁に入った絵画、花柄模様のファブリックパネル。
「そのファブリックパネルのことだよ!」
ロヴィーノさんは猛烈な勢いで立ち上がりました。補足しておきますと、ファブリックパネルとは、四角い木の板に布を貼付けたインテリアグッズのことを指します。絵のように布を飾る。ヨーロッパ諸国では昔から愛されてきた楽しみ方です。