第3章 双子の兄妹とフォンダンショコラ(ハイキュー!!/赤葦京治)
「京治、これ食べて」
トレーに乗ったココットを差し出された。「あいつにあげようと思ってた分。食べて」
甘い声でねだられる。だけどまるで試されているような気分になる。お前にこれが食えるのか。他の男のために作ったチョコを、お前は平気で食べられるのか、と、挑発的な目を向けられる。その視線に、背中がゾクゾクと粟立った。
こいつはこんな顔滅多に見せない。学校ではいつも口元をきゅっと引き締めている。だからすぐに虫が付く。本質が何かも分からずに、かがり火に飛び込んで焼かれる羽虫。
なまえの上っ面しか知らないような、そんな奴らと付き合ったって、もとからうまくいくはずないんだ。だから破局という結果は何ら不思議ではない、至極当たり前のこと。林檎が地面に落ちるのと同じこと。俺はその自然の摂理を、ほんのちょっと促すのを手伝っただけなんだ。今回の奴は少し、しぶとくて手を焼かされたけれど。
*
なまえが今年のバレンタインデーに作った物は、フォンダンショコラというデザートだった。
一見普通のチョコマフィンに見えるけれど、焼きたて、もしくはレンジで加熱をすると、中心がチョコレートソースみたいになる魔法のデザート。スプーンですくって食べ始めてすぐ、とろとろの甘さで頭の中がぼうっとしてきた。
「その貌、いいね」
なまえが笑った。見ると、彼女は俺を描いていた。白い紙の上でペンが走る、シャッシャッ、という音が小気味良い。
「止まらないで。京治。動いて」
その声に操られるようにまたスプーンをくわえる。視線が体中に絡み付いてくるのがわかる。会話しているときとは違う目線の使い方。陰影をなぞって、面を捉えて。その音のない黒い瞳が、俺はすごく好きだった。自分だけに向けられている。そう考えるだけで身体中が熱くなる。
なまえはいつも絵を描いている。命を削る代わりに絵を描いている。
ほ乳類が一生のうちに打てる心臓の鼓動の数は決まっていると聞いた事がある。
もし1人ひとりの人間に、心拍の数と同じように、気力が一定量しか割り振られていないとしたら、なまえはそれをきっとものすごい勢いで消費している。
自分自身を消耗させて、命を削って、いつか消しゴムみたいに小さくなって消えて行くんだ。たぶん、俺も。