第2章 受験生と生チョコトリュフ(ハイキュー!!/岩泉一)
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「岩泉」
「あ?」
「これ、」
バス停のベンチに並んで腰かけて、鞄の中からピンクの袋を取り出した。「バレンタイン、あげる」
「マジ?」
「マジだよ。手作り」
「お前、そんな暇あったら勉強しろよ」
「ダイジョーブ。一番簡単なのにしたから」
「それは言うなよ………ま、でもありがとな」
腹へってんだ、という言葉に黙って頷くと、袋の中からブラウンの箱が取り出される。その中を覗いた岩泉は、また盛大に吹き出した。
「えっ、どしたの?」
「なまえ、お前…………動きすぎだろ」
くくっ、と手の甲で口を押さえる岩泉の肩が揺れている。訳が分からなくて箱の中を覗いてみた。中身は簡単生チョコトリュフ。だけど、走ったせいでシャッフルされてしまったのか、1つ1つの粒は土台にしていた小さな紙のカップから全部飛び出していた。
「あちゃー、酷すぎ」と私も笑った。「不規則すぎてジャズ奏でそう」
「だな。でも、味に変わりはないもんな」
いただきます、と丁寧に両手を合わせた岩泉がチョコを一粒持ち上げる。凛々しい顔立ちの彼が小さなお菓子を大切そうに口へと運ぶ様子は、見ていてとてもドキドキしてくる。唇にチョコを寄せて、口を半分開いた彼は、私の視線に気がついて、こっち見んなよ、と少し怒った。
「いいじゃん別に。今年が最後かもしれないんだから」
「意味深なこと言うんじゃねぇ」
私は返事をする代わりにそっぽを向いた。バスはまだ来ないみたいだ。
目の前を過ぎ去っていく車のヘッドライト。雪のせいか、いつもより速度が遅い。人も、時間も、私の思考も。
来年のバレンタインデーなんて、本当に来るのだろうか。
黒いブーツの中の、足先の感覚はもはやない。
今日から10日後、私たちは同じ日に大学入試の前期試験を控えている。受けるのは別々の大学。上手く行ったら、春からは直線距離約300kmで離ればなれだ。
ずっと気が付いていないふりをしていた。私の心臓を覆っていた煙の正体は、遠距離という3文字なのだ。4月になったら、私は1人で立っていかなきゃいけなくなる。そう考えるだけでどうしようもなく寂しくなる。この埋めようのない空白を背負って生きて、そのまま心が離れてしまうなら、いっそのこと、と頭の隅でいつも誰かが囁いていた。