第2章 受験生と生チョコトリュフ(ハイキュー!!/岩泉一)
暖房が効いた教室は空気が淀む。息苦しさから逃れたくなり、席を立って廊下へと続く扉を開けた。
扉の向こうは薄暗かった。教室との境界線を跨いで越えると、冷たい空気が身体を包む。廃熱処理が間に合わなくて、火照り続けていた頭の熱が奪われていく。全身が洗われていく。視界がクリアになっていく。
くもり窓の外は夜。ガラス一枚隔てた向こうで、大粒の雪が桜みたいに降っていた。お天気お姉さん曰く、近年稀に見る大寒波らしい。
自分の唇からは白い息。耳の奥には、まだ微かにスウィングのリズムが残っている。
行く宛てもなく、隣の教室を覗いてみた。換気のために少し開けられた扉の隙間から、一番近い席に座る岩泉一の姿が見える。彼もまた、受験戦争に駆り出されている兵士の1人。その佇まいに、思わず目を奪われる。
英文でも辿っているのだろうか。唇が微かに動いていた。こめかみあたりに肘をついた左手を当て、右手で握ったペンの先を紙の上で滑らせている。白いブレザーの袖の下から少し出ている、薄い灰色のカーディガンが愛おしくて堪らない。
「岩泉、」
声を潜めて呼んでみる。
岩泉、こっち見ろ。こっち見ろこっち見ろこっちを見なさい。
呪文のように念じるけれど、彼は一向に気付かない。しょうがないので人差し指の爪で軽く2回扉を叩いた。
コツコツ、と控えめな音が鳴る。机の上に落とされていた黒い瞳がこちらを向いた。目が合うと、驚いたのかビクリと彼の肩が跳ねたので、思わず吹き出しそうになる。
覗き窓から手を振ると、眉間に皺を寄せて怒っているような顔をされてしまった。でも私にはわかる。あれは照れているのだ。だから私はくすくす笑いを零しながら、扉からそっと離れることにした。
自分の教室に戻った直後、ポケットに届く震動。
『あと30分したら帰る』
帰るから、つまりなんなのだ、なんて聞かなくてもいい。わかった、と返事をする必要もない。私と彼は、そのくらいの関係だから。
スマホをポケットに戻して、椅子に浅く座り直して、イヤホン装着、シャーペンを手に取る。
勉強嫌いのあいつだって頑張っている。私もあと少しだけ、頑張らなくっちゃ。