第2章 受験生と生チョコトリュフ(ハイキュー!!/岩泉一)
受験勉強をしている間、私はいつもジャズを聴く。
静寂は、味方にするには不確実だ。
洋楽は心を乱す。J-POPは歌ってしまうし、クラシックは寝てしまう。
歌詞のない一定のテンポの曲を聞くのが良いと耳にしたので、吹奏楽のマーチを聴いてみたけど駄目だった。BPM120は私にとって早すぎる。私の思考の流れる早さと、曲のテンポが合っていないのだ。行進曲は私の背中をせっついて、とてもじゃないけど勉強をするどころではない。
そこで目を付けたのがジャズである。
規則と不規則が並ぶスネアドラムの音の粒。物静かなベース、自由に飛び回るテナー・サックス。
脳が揺さぶられる感覚が心地良い。ジャズの流れは思考の川の一本隣で、決して私の邪魔はしない。
ジャズは良い。だけど、それとは全く関係なく、集中力は切れるときにはプツンと切れる。
「……わかんない」
円の中に収まる台形を見下ろしながら呟いた。カナル型のイヤホンで耳を塞いでいるせいか、自分の声がいつもより大きく聞こえる。シャーペンを1度だけくるんと回した。
顔を上げる。いつの間にか日は沈み、教室は白い蛍光灯で照らされている。
高校3年生の2月。大学の受験日程はまちまちだから、今の時期は自由登校。土日祝日関係なく、学校が閉まるギリギリまで残って自習をしている生徒は沢山いる。私だってその1人。受験は団体戦なんて言うのは進学実績の欲しい学校側の言葉であって、我々当事者にとって受験とは、孤独な個人競技で己との戦争である。
曲が変わった。軽やかなピアノが耳からつま先へと抜けていく。
もう一度目の前の問題を見る。図形の中の1ヶ所の、角度を求めろと言っている。何をどうすれば求まるのか全く謎の位置である。残念ながら、6月に部活を引退してから早8ヶ月、私の学力はさほど上昇しなかった。今も検討違いの補助線の引きすぎで、既に図形は黒に染まりつつある。
無理なもんは無理。そうなると、ピアノの音も耳障りになる。お手上げとばかりにシャーペンを机の上に投げ捨てて、代わりに大きく伸びをした。
しばし休憩。
遮音性の高いイヤホンを耳から外す。プールで水中から顔を出した時みたいに、どこか深い場所に籠りきりだった自分と、外の世界とが繋がる感覚がした。