第2章 食べさせて
豚汁を火から下ろして、大きな鍋の取っ手を持つ。
「黒尾先輩、摘まみ食いした分は働いて下さいよ。おにぎりとおいなりさんを……」
「……なーんで、男相手に気を遣って、自ら重いものを運ぼうとするのかねぇ」
溜め息交じりにひょいっと鍋を奪われる。
普段から、黒尾先輩には呪いをかけたくなるレベルで散々遊ばれているけれど、こういう所があるから中々憎めない。
調理室に来たのだって、摘まみ食い目的というよりは終わるタイミングを見計らって、料理を運ぶのを手伝うためだろう。
こういう気遣いができるから、モテるんだろうなぁ。
ヤツに見習わせたい……。
気遣いどころか、空気すら壊滅的に読めないアホの顔を思い浮かべつつ、礼を口にした。
「あー……ありがとうございます」
「ん。早く行こーぜ。メシが冷める」
黒尾先輩に急かされて、慌てておいなりさんとおにぎりの番重を、重ねて持ち上げる。
廊下に出ると身を切るような厳しい冷気に包まれた。ぶるりと大きく身体を震える。
料理の熱気で汗ばむほどになっていた調理室とは大違いだ。
「さ、寒いですね……!」
「まー、二月だしな」
寒さに肩を竦めつつ戸締まりをして、体育館へ急ぐ。
気休め程度に保温シートはかけたけれど、これでは本当に料理が冷めてしまう。
えっちらおっちらと、小走りに進む私。その隣を大きな鍋を持ち、のんびりと歩く黒尾先輩。
「おい、急ぎすぎて転ぶなよ」と、私に速度を合わせてくれるのが無性に悔しい。
くっ、足の長さか……!!
ヤツほどではないけれど、約百八十八センチあるという黒尾先輩。
百四十センチ前半から伸びない私からすれば、充分すぎるほど巨人だった。世の中は不平等である。
全く、話をする度に毎回首が痛くなる私のことも考えてほしい。
やはり頭と足を数センチずつ削ぐべきか……と、危険な思考に浸っている私に、チラリと視線を向けてくる黒尾先輩。
「……そーいやさぁ、最近どうなの?」
「うん?私は元気溌剌ですよ?」
「そりゃ何より……じゃなくてだな。アイツとはどーなのってこと」
「アイツ?」
「リエーフ」
ぱちりと瞬いて黒尾先輩を見上げる。
猫みたいなつり目はじっと私を見ていた。けれど、そこに浮かぶ感情の色は読み取れない。
相変わらず考えの読めない人だ。