第2章 食べさせて
「お、うまそ」
にゅっと後ろから伸びてきた手がおいなりさんを摘まむ。
「あ!コラ!」
気付いたときには既に遅い。
おいなりさんは不届きものの口に放り込まれた。
「うわ、何コレ油揚げうまっ!」
「ふふん。そりゃ油揚げ自体は市販ですけど、特製ダレで昨日の晩から染み込ませてますからね!」
「へぇ、相変わらず凝ってるねぇ。そのビボーで料理も上手いなんて、さぞおモテになるんでしょーネ」
「ほほほ、もっと褒めてくれても……って、美貌とかあからさまな嘘で誤魔化そうとするの止めてくれます?黒尾先輩」
「チッ、バレたか……」と呟いて、再びおいなりさんに伸びる手を叩き落とす。
美貌云々を嘘と肯定する辺り、失礼千万な男である。
この掴み所のない飄々とした不届きものは、つい最近までバレー部主将であった黒尾鉄朗先輩だ。
昔は強豪と言われつつも、近年落ち目であった音駒バレー部を全国へ導いたかなりのやり手。
つい先日の春の高校バレー終了と同時に引退し、今は受験勉強に専念しているはずなのに……。
「何で土日に学校来てるんです?」
「進路関係でちょっと、な」
「私には先輩がジャージ着てるように見えるんですが気のせいですかね」
「進路の用事のついでだ。ついで。俺たちが三年が抜けて、後輩たちがちゃんとやっていけてるか心配だったし。だから勉強時間を惜しんで後輩たちの様子を見に来てだな……」
「その心は?」
「勉強飽きた。バレー超やりたい。ついでに蓮見のメシにありつけたらラッキー」
「素直で結構。……そうなるだろうと思って、ちゃーんと三年生込みで全員分を用意しておきましたよ」
「さっすが蓮見。わかってるぅ!」などと、調子の良いことを言う黒尾先輩。
今度はおにぎりに伸びる手を叩き落とす。全く、油断も隙もない。