第8章 ほろ苦く、甘い
「――はーい、そこまで」
薄く膜を張っていた甘美な空間が、パチンと音を立てて弾けた気がした。
実際は、教室のスライドドアをスパーンと勢いよく開ける音だったけれど。
この声は……黒尾先輩?
電気のスイッチを入れたのか、室内がパッと明るくなる。
唐突の乱入に思わず状況を忘れてぽかんとした。見上げればリエーフもぽかんと無防備な表情を晒している。
それはいつも通りのリエーフで、あの獣染みた怖い雰囲気は霧散していた。そのことに密かにほっとする。
「校内での不純異性交遊は禁止デス。……いや、わかるよ?放課後の学校で……。夕暮れの教室で……。ロマンだよな?うん。俺もしてぇ」
「クロ」
「ハイ。……あー、でもよ、初めての子相手にいきなりつめたーい床でいたすっつーのは、男としてあまりに配慮にかけるだろ」
「つーか、いい加減どけ。危ういわ。色々と」と黒尾先輩がリエーフの首根っこを猫のように掴まえる。
ひょいっと私の上から退かされると、すかさず、黒尾先輩の後ろから現れた海先輩が私を起こしてくれた。
夜久先輩が「大丈夫?」と気遣わしげに聞いてくる。
「え?え?初めて?いたすって、なんですか?」
「恥ずかしがることはない。わかるよ。受け入れて貰えて気持ちが高ぶっちゃったんだよな。衝動的にそういう気持ちになっちゃったんだよな。わかるわかる」
ハテナマークを浮かべまくるリエーフの肩を叩き、皆まで言うなとばかりに黒尾先輩は何度も頷く。