第5章 知らない女の子
促されて思いきり息を吸い、吐く。
私が落ち着いたのを見てとると、黒尾先輩は宥めるように、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
「ま、何にせよ早いとこ済ませちまえ。リエーフにあんまフラストレーション溜めてやるな。ああいうタイプは溜めすぎてプッツリ切れると何しでかすかわかんねーからな」
「溜める?リエーフが?」
基本、本能赴くままに動いているリエーフだ。
我慢やフラストレーションという言葉とは無縁だと思うのだけれど。
「滅多に溜めねー奴だから余計だろ。今回の蓮見に避けられたっつーのは相当キテるんじゃね?」
「やっぱり、怒ってますよね……」
しゅんと沈めば、黒尾先輩は「いや、そういう意味じゃなくて」と、不意に声を潜めた。
「あんま無防備だとその内食われるぞ」
「食われ……?」
「性的に」
「はいっ!?」
セクハラである。
少し真面目に話を聞いたらこれだ。絶句した。
「ふざけないで下さい!リエーフがそんなことするわけないじゃないですか!黒尾先輩じゃあるまいし!!」
憤慨する私に「俺は信用ねーのな」と呟いて、黒尾先輩はトサカ頭をガリガリ掻いた。
「まぁ、どう思おうが構わねーけどよ。一応、先輩のよしみで一つ忠告してやる」
言うなり、先輩の顔が不意に近付いた。
いつもはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる黒尾先輩。なのに、私を射るような鋭い視線が、何故かいつもの先輩と違って見えて、怖くなる。
身を固くする私を感情の読めない瞳でじっと見て、黒尾先輩は口元に三日月のような笑みを刻む。
「男はみーんな、狼だ」
低い声で囁かれ、ぞわっと背中が粟立った。
「……んじゃ、クッキーサンキュな。夜久たちにも渡しとく。頑張れよ」
固まる私の頭を小突くと、ひらりと片手を上げて去っていく黒尾先輩。
その後ろ姿は、いつもの先輩に戻っていた。