第1章 苦いお菓子
人は感情を持っている。
喜び、憎しみ、怒り、切なさ。
ありとあらゆる感情が存在するし、それは俺も持っている。
また、感情というのは単に嬉しい、悲しいだけじゃなくて、複雑に絡み合う時もある。
嬉しいけど悲しい。
つらいけれど安堵している。
そういう感情を抱いたのは、誰かしら一度はあるものだろう。
中には、あまりにも複雑に絡み合いすぎて、自分では解決できなくなることもあるんだろう。
ただ、まあ……今の俺にはそんな複雑な感情なんてなくって、ただ「嫉妬」というものがあるだけだが。
▼◇▲
2月14日。
日本人の大半は、この日付を見て、一つの事を連想するだろう。
周りのふわふわとした空気も、それによって引き起こされている。
「ねー、あんたは誰にあげるつもり? ってか、チョコ持ってきたの?」
クラスの隅に固まっている女子の一人が、そんな発言をする。
その言葉に、俺の周りの空気が揺れたような気がした。
朝のホームルームが始まる前、教室中に緊張感が漂い始めた。主に男子から。
「持ってきたよー。一応義理と本命。あと友も!」
「おぉー。え、本命って誰?」「……由島君」「1年の!?」「年下が趣味だったんだぁ……」
「でも、あいつ、めっちゃチョコもらってそう」
女子達は小声で話しているつもりなのだろうが、そのすぐ前に座っている俺には全て筒抜けである。
女子特有の甲高い声が耳に痛い。
浮かれる気持ちはわからんでもないが、もうすぐ授業始まるぞ。
これだからバレンタインは苦手だ。
甘い物好きならともかく、俺はあまり甘い菓子は好きではない。