第19章 【思わぬこと】
というわけで及川徹が烏野に突撃したその日、先に帰宅していた美沙は予想外のことに遭遇する。義父母は二人ともいない。義父は遅くなるらしいし義母は知人のところに行くと言って出て行った。晩御飯は既に義母が作っておいてくれていて、先に食べてもよかったのだが何となく義兄と食べたいと思い、かなり腹が減ってきても待っていた。
既にいつもと状況は違っていたのだ、しかし美沙はその辺は気にせずいつものように義兄が帰ってきた音を聞き、部屋から出ておかえりと言ったら義兄の力は何か考え込んでいる。
何事かと思っていたら義兄にちょっとおいでと言われ部屋に引っ張りこまれた。異常事態だ、いつもなら両親からのいらぬ誤解を避ける為極力美沙を自分の部屋に入れないのに。
そうしてただいま美沙は義兄の部屋のベッドに座らされていた。別に義兄は怒っている訳ではなさそうだがとりあえず訳がわからないので美沙は困っていた。
一方力は机に置いた鞄をゴソゴソしている。
「はい、これ。」
力は何か取り出して美沙に手渡した。
「あっ。」
美沙は声を上げた。見覚えのあるハンカチだ。
「これ、なんで。」
思ったことがそのまま口から出る。
「及川さんが届けにきた。」
義兄はボソッと言う。美沙は動揺した。落としたことに気づかなかったし及川が届けてくれるとも思わなかったのだ。
「自分部活休みのとこへわざわざやってきたみたい。」
あのにーちゃん暇なんかいやまさかと美沙は思う。
「で、言われたのがさ。」
「は、はい。」
「薬丸美沙のおにーちゃんいるかって。」
美沙はへっと間抜けな声を上げた。薬丸の姓でも縁下の姓でも及川に名乗った覚えはない。
「そんなこったろうと思った。」
義兄は苦笑する。
「お前、それ見てごらん。」
美沙は言われた通りにして固まった。ハンカチの端っこ、極細のペンで書かれた自分の前の名前、薄くなったローマ字表記の奴が目に入る。最悪だ、そこに書いていたことをすっかり忘れていた。