第52章 【時に義理がたく無自覚で】
いつものように穏やかに微笑んでしかし力はしれっと拒否し、美沙の首筋に顔を近づける。何故だろうか、その一瞬食べられてまう、と美沙は本能的に思った。実際の所は首筋に力の唇が触れただけだけで別に噛み付かれたりなどはしなかった。
「どうした、美沙。」
義妹の首筋に口寄せて力が尋ねた。美沙が一瞬びくりと震えたので不審に思ったのか。
「な、何もない。」
「そうかい。」
力は言って美沙の手首をやっと放し、今度は義妹を膝に乗せて抱きしめてきた。
「おばあさんに感謝しないといけないな。」
力が唐突に言った。
「急にどないしたん。」
「おばあさんがお前を大事に育ててくれてたおかげで俺は労せずしてこんなこと出来るから。」
「う、うん。」
美沙は戸惑う。
「長屋の箱入り娘、か。」
力はまた唐突に呟いた。
「言った奴はやっかんでたのかな。」
「兄さん、何言うてんの。」
「独り言だよ。」
「えらいおっきい独り言もあったもんやなぁ。」
美沙は抱っこされたまま呟いた。
縁下力は思う。義妹が自分自身のあり様にときおり無自覚なのは不安でもあるけれど自分にとっては幸運であると。
次章に続く