第49章 【谷地の主観】
谷地仁花は心配していた。昨日縁下美沙は5時限目に遅れてくるどころかまるまる出席しなかった。谷地のスマホには調子悪くて保健室に行ったと伝えて欲しい旨の連絡をくれていて、その通りに先生に伝えたものの、放課後になって美沙の兄、力から事情を聞いたら思いもよらない内容だった。
力はそもそも俺が悪いんだと言った、俺が美沙を可愛がりすぎたから絡まれてひどいことになったのだと。兄妹の人格はともかくお互い依存している様子にはいい顔をしていなかった月島がまったくですね、とあっさり言ったのにも谷地は内心慌てたものである。いずれにせよ階段から落とされた時以来の事態だった為、谷地は美沙さん大丈夫かな、と気にしていて、しかしなんと声をかければいいのかわからずそのままにしてしまって軽く自己嫌悪していた。
そうして只今朝練を終え、1年5組の教室にて悶々としていた訳だが程なく教室のドアがガラッと開いた。5組は一瞬沈黙し、ほとんどの生徒がドアの方を振り向いた。もちろん谷地もそうした。
縁下美沙その人が立っていた。鞄を片手にいつもどおりガジェットケースを肩から斜めがけ、朝はまだ眠いのか目はとろんとしている。
「やあ、おはよー。」
ジロジロ見られているのを気にしていないかのように美沙はまだどこか寝ぼけた感じの声で皆に言い、普通に教室に入ってきた。
5組の連中の一部が縁下だ、来た、と囁き合う。中には賭けでもしていたのか、そら来た焼きそばパン奢(おご)りな、といった事を言ってる奴らもいる。美沙は完全にスルーして自分の席についた。
「谷地さん、おはよう。」
「お、おはよう、美沙さん。」
谷地は少し固くなってしまう。
「どないしたん。」
言いながら美沙は周りをチラと見回してこっそり言った。
「あんまり嫌やったらもう私と関わらんでええからね。」
「そんなことっ。」
谷地は思わず腰を浮かせる。美沙は微笑んで谷地を見ていたがそれが何となくその義兄、力に似ていると谷地は思った。
「それより良かった、私美沙さん今日大丈夫かなって。」
「ごめんな、心配かけて。」
「ううん。」
谷地は首を横に振った。
「良かった、本当に。」
「ありがとう、谷地さん。」
美沙はまた微笑む。