第33章 【美術館】
「兄さん、不思議やね。ぼやっと描いてはるように見えるのに何描いてるかちゃんとわかるで。それに全部額の中に別の世界がある。」
「ああ、そうだな。」
普通に耳にしたら若干電波な子に思える義妹の感想はしかし力もこの場合は賛同出来ると思った。
更に兄妹は順路を進む。そして目の前に広がる大きな絵、チャイルド・ハロルドの巡礼-イタリアだ。
「ああ。」
恍惚とした表情になる美沙に力はハッとした。
「これが見られるなんて。」
美沙は呟き力の手をギュッと握った。照明が暗くてわかりづらいが義妹はひょっとしたら泣きそうになっているかもしれない。しかしこれは無理もないだろう。横幅2メートルはある額の中に広がる風景、人々の姿、陳腐な言葉だがただただ美しさに圧倒される。
「兄さん」
美沙が囁いた。
「絵ん中から空気感じる。風吹いてきそう、何か音楽も聞こえてきそう。」
「わかるよ、美沙。」
義妹の手を握りなおし力は答え、しばし見入った。きっと自分はどこかでまたこの絵を見た時、この今この瞬間の事を思い出すだろうとも思った。
「凄かったな。」
力は呟いた。
「せやねっ、流石ターナー様やでっ。」
美沙はやや興奮している。珍しいこともあるものだ。よほど嬉しかったのだろう、一緒に来て良かったと力は思う。
「俺初めてだけどこういうのに来るのもいいな。」
美沙はうんうんとクビを振る。力はその姿が一瞬愛玩動物に見えたがそれを言うと流石に美沙が文句を言いそうなので控えた。そうやって兄妹が建物の外に出た時である。
「貴方達、学生さん。」
知らない老女に声をかけられた。
「はい。高校生です。」
「あら、若いのにこういうのに来るなんて感心ねえ。」
言われて美沙が首をかしげる。例によって本人にとっては普通だからだろう。
「この子がこういうの好きで。」
力は美沙に目をやり、美沙はいつもの人見知りで目を伏せ、声を出さずにうんうんと頷く。
「すみません、人見知りなんです。」
「いいのよ、もしかして彼女さんなの。」
老女に聞かれて力は内心で苦笑する。