第33章 【美術館】
とは言うものの、今日の義妹は全体的に良い感じだと力は思う。普段もだらしなくはないけどもうちょい可愛いものを着てもいいのにとも思うところだ。しかし義妹は言った。
「執着ないのも確かやけど、その、お小遣いの都合があるし立場上ねだる訳にも行かず。」
死にたくなるレベルで力はファッションに言及したことを後悔した。
若干傷が出来たが兄妹は外に繰り出した。隣を歩く美沙の足取りが控えめでもウキウキしている感じが力にはわかる。声をかけてやってよかったと思った。言わなかったら行くか行くまいか1人で悩んで結局行かないまましょんぼりしていた可能性がある。電車を乗り継ぎながら向かっている間、義妹が自分を兄さんと呼んでいる事に周囲が不思議そうにしている時が何度かあったがそっちは見なかった振りをした。
住宅街の中にひっそり建っていたその美術館はなかなか厳かな雰囲気に包まれていた。力は若干萎縮したが逆に美沙は慣れたもんで兄さんこっち、と手を引いて中に入っていく。来ている人の多くは大人で自分達のような高校生っぽいのはほとんどいない。
そうして順路に従い展示室に入った瞬間、兄妹は足を止める。
「兄さん、見て。のっけから凄い。」
「あ、あぁ。」
息を呑み食い入るように見つめる美沙、視線の先にはターナーの海上の漁師たちがある。暗い海、夜空に光る月、船上の漁師たち、水音が聞こえそうだ。そして平面の絵に向こう側があるような気がして力は思わず手を出してしまいそうな心持になる。そうして兄妹はしばし真剣に見つめていた。
さすがは巨匠ターナーである。水彩画も油彩画も具体的に描かれたものも抽象的に描かれたものも強く縁下兄妹の胸を打った。
レグルスを見た時、2人は一瞬本当に強い光を目にした錯覚にとらわれ一瞬目を閉じた。
ヴァチカンからのローマの眺望を目にした時は絵の中の青空の向こうまで覗き込みそうになった。吹雪-港の沖合の浅瀬で信号を発しながら、側鉛で水深を測りつつ進む蒸気。では自分達も荒れ狂う海に飲み込まれそうな気がしてハッとした。
特に妹の美沙は息を飲んでは細部までじっと見つめるので本当に絵の中に入り込むつもりじゃないかと思うくらいだった。