第31章 【何度でも言う】
美沙が家に帰り義母に事を報告した後の話である。例によって義兄の力が帰ってきたので美沙は部屋から出てきた。
「おかえり。」
「ただいま。」
「あの、」
今日あったことを報告しようとした美沙だがあろうことか義兄は美沙をいきなり自分の部屋に引っ張り込んだ。
「ちょ、兄さん。」
美沙は小さく声を上げるが力は聞かない。まだ着替えもしないまま義妹を抱き締める。
「階段から落とされたんだって。」
耳元で義兄が言った。ハッとして身を震わせると力は続けて言う。
「谷地さんから聞いた。」
「あ、う。」
「母さんには。」
「もう報告した。階段から落とされたってちゃんと言うた。お父さんには帰って来はってから。」
力はそっかと呟き、一旦美沙を解放する。
「とりあえず飯にするから。後でね。」
義兄は着替えと夕食と宿題を終えてから突撃してくると美沙は予感した。
思ったとおり義兄は美沙の部屋にやってきた。
「誰にやられたかはわからないんだな。」
「うん。」
腹ばいでベッドに転がって美沙が言うとベッドの端に座る義兄は考え込む。
「俺も心当たりがない、困ったな。」
そらそうやろ、と美沙は呟く。何気に頑固で自分を通す美沙に対して周囲との調和を取ろうとする心やさしき義兄がそうそう恨まれてたまるかと思う。その義兄はベッドでコロコロする美沙を泣きそうな顔で見つめてきた。
「兄さん、泣かんといて。私、兄さん泣かしたいんちゃうもん。」
「そんな事はわかってるよ。」
力は言って美沙の上半身を無理矢理起こして抱きしめてきた。
「兄さん。」
疑問形で呟く美沙にしかし力は答えない。抱きしめたまま力はしばらく黙っていた。
「強いな、お前は。」
ふいに力は呟いた。
「私は強(つよ)ない。」
美沙は言うが義兄は首を横に振る。
「ここまでされて泣かずに顔上げてられるんだから大したもんだよ。」
そうでもないと美沙は思う。現に及川と岩泉にしょんぼりした姿を見られている。
「おまけに自分の事置いといて俺に泣かないでとか。」
「私は、」
「お前は」
力は遮るように言った。
「あともうちょい自分の事を考えてほしいな。」