第1章 それはきっと 花京院
「あ、あのさ」
「うん?」
7、8段下りて行ったところで僕は声をかけた。
何で声をかけたのかはよくわからない。ただ考えてもいないのに口が勝手に動き出す。
「もし良かったら君を描かせてくれないかな」
別に絵が好きなわけじゃあない、描くのも見るのも、僕はそんなに興味がない。だけど彼女が褒めてくれるのなら僕はなんでもやれるし、なんでもやりたい。
「私を?」
「どう、かな」
少し迷ったようなそぶりを見せた彼女は照れ臭そうにはにかんだ。
「い、いいけど…私でいいの?」
「君がいいんだ」
まるで、告白されたような真っ赤な顔で嬉しそうにそっか、と言って綺麗に笑った。リンゴのような赤くてかわいらしい頬を僕は今すぐにでも撫でたい気分だったが、そんな事をしては嫌われてしまうのだろう。
だから今は我慢だ。
「…じゃあ、明日の放課後、美術室前で」
「うん、わかった」
2人だけの約束を、彼女はどう思ったんだろうか。少しでも意識してくれるようになるんだったらそれでいい。それが嬉しいのだ。
亜理紗、それが彼女の名前だ。僕は心の中でも名前すら呼べない。そんな僕が一目惚れをしただなんてきっと今までの僕を見て来た人は笑ってしまうだろう。
だが僕はこれを期にかわるんだ。
必ず亜理紗の名前をこの口で呼んで見せる。
この一目惚れを一目惚れだったで終わらせたくはない。
END