第6章 それはまるでカゼのように 花京院
枕元にある時計はもう7時をさしている。寝すぎてしまったか。外も真っ暗で部屋の中も勿論真っ暗。
典明はどうしただろうかと少し痛む頭を叩いてベッドからおりた。
ふらふらとしながらリビングへ行くともう典明の姿はない。帰ってしまったのか、と残念な気持ちと、良かった、と安心する気持ちがわいた。
「…お」
リビングには典明が買ってくれたあのケーキの箱とメモ用紙が置いてあった。箱の中にはまだ食べていなかった一人分の新発売のフルーツケーキが入っている。多分、典明は食べたんだろう。
そしてメモ用紙を見てみると
【亜理紗は僕にとってのさくらんぼだ】
と書いてあった。
綺麗な字だな、と思いながらそのメモを眺めてみる。そういえば典明は最近携帯をよく見るようになった気がする。何か調べていたんだろうかと導かれるようにスマートフォンを片手に「さくらんぼ」と検索をしてみる。回線は至って良好だ。
「花言葉…?」
その記事が気になって読んでみると、顔中に熱がぶわっと集まるのがわかった。なんて、なんてヤツなんだろうか典明は。こんなに恥ずかしい思いをさせてどうする気なのか、全くあの前髪ヤローは何を考えているんだか。
スマートフォンをクッションにたたきつけてそのメモ用紙をぐしゃぐしゃに握りしめて家を飛び出た。
あぁきっと、このまま典明の家に行ったら熱はどうしたのかなんてきいてくるんだろうか、白々しい顔で。腹立たしい、そんなことあったら今度こそ蹴りのひとつやふたつはくれてやるんだから。
何が花言葉だ、恥ずかしい思いばかりさせやがって。もういい、こうなったら典明に出会った瞬間に私の気持ちを全て吐き出してやる。もう今以上に恥ずかしいことなんてないんだからと吹っ切れた。
「待ってろよ典明…!」
そうだ、何が花言葉だ。何が僕にとってのだ。恋愛経験もない癖に甘い言葉ばかり並べちゃって恥ずかしい奴だ。
私に対して僕にとってのさくらんぼ…【小さな恋人】だなんてもう許してやらない。
大好きだ馬鹿と一言くれてやってから蹴り飛ばしてやる。
そして爽やかな風のようなその笑顔と声で私を包んでほしい。
END