第6章 ”オカミさん”
太陽に照らされ、銀色に輝く鋭い刃。見下ろす赤い二つの眼は冷ややかに、赤い水溜りにいる物体に向けている。
ゆっくりと突き刺しているそれを抜いていく。物体の肉と言うよりは骨が邪魔して、上手く抜けなく、抉る様に抜いていく。
「本体は…。」
歴史修正主義者から無事抜いた加州の本体。刀の形に合わせて赤い液体が滴り落ちる。生臭く、鉄臭い臭いがするそれは、正しく人間に流れる血である。
本体を横に振り、血を振り落す。どちらのモノか分からない赤い液体。何故なら、加州本刀も、これでもかという程血を流していた。混ざっていても可笑しくは無かった。
視線を這わせて刀を見る。所々刃こぼれが起こっている。
「…体と刀は同期してるって事…?」
加州は出陣前の刃の状態を思い出す。彼のも今剣のも、刃こぼれの無い、綺麗な刀。美術品としても通用する刃であった。
(もし、本体が折れたら…死ぬのね…。合点がいったよ。)
乾いた自虐の笑いが口から零れる。昨日から疑問に思っていた事が有った。
昨日の出陣で相手の攻撃を受けた瞬間、ピキッと音が本体から鳴った。そしてその逆、本体が相手の力に負け刃が傷ついた瞬間、体に傷が無い所に、一本の線が浮かび上がり痛みを齎した。
それが、今回の二度目の出陣で確信に変わった。
『ねえ、俺、まだ戦えれる!戦えれるから…ーー君、俺を捨てないで…!!もっと、もっと頑張るから!』
刃こぼれの刀を見て、嫌な事を思い出してしまった。加州の言う”あの人”にはこの声なんて届かない、それが当たり前で普通の事だった。
【加州…戻って来て。】
本体に指を這わせて、撫でる。そんな折、千隼が話しかけてきた。彼女の声は何処か可笑しい。
「まだ、いける。」
【いけない、…いけないから!今剣だって重傷になってる。加州だって…】
先程彼にかけた心配の声音とは、明らかに違うそれ。刀でいた時に何十回も聞いた声音。
彼女が言ってるのは本心であるのだろうが、加州には酷く震えた声だと思った。まるで、怯えているかのような。
(何に怯えてるの…アイツ。)
素直に「分かった。」と一言言って、刀を鞘に納める。振動で刀装である鈴が涼しげに鳴く。
今剣にも聞こえていたようで、彼の許に駆け寄って来る。その顔には疲労の色が滲み出ていた。
「帰るよ、今剣。」
「はい!」
