第3章 初日終了
その後は、特に会話をせずに沈黙だけがあった。
男の人が近くにいれば、少し間を空けるような事をして避けるのに、不思議とそんな事はしなかった。
髪を切っているからというのと他に、多分優しく触れてくれているからだと思う。
安心する。分からないけどそんな感じがした。
「ねえ。」
「何ですか?加州清光さん」
シャキシャキと音が耳の近くでする。それでも加州清光の声ははっきりと聞こえる。
「なんかワザとらしいよねー、言い方。それに俺の名前、それでこれから呼び続けんの?」
突然の言葉に、目が点になった。どういう事?
それで呼び続けるって、加州清光でていう事?
何も返事をしないウチに痺れを切らしたのか、言葉を続ける。
「始めの時みたいに、何て言うの?砕けた?言い方で良いんじゃない?これから嫌でも一緒に暮らすのに。それに、名前が長ったらしい。」
見た目がウチよりも年上に見える彼(正確な年齢はとんでもなく年上だけど)だから一応は敬語で話していこうかと思っていたのに。一応。
嫌な奴でも、礼儀であるから抵抗がある。
「いや、でも…。」
「否定の言葉なんて言えないじゃん。だって、初対面でぶっ放してくれたし。今更そんなの気にするなんて遅いでしょ。」
手を動かすのを止める気配がする。鋏の音も止んだ。終わったのだろうか。
「だから、初めにぶっ放した口調で良いよ。別に。」
取り敢えず終わり。そう言って、手鏡を渡してくる。
鏡には、切る前とは違う整った髪型の自分が映っていた。その髪型は前が長くて、後ろが少し短い、前下がりになっている髪型だった。
「凄い…。」
この一言しか言えなかった。してみたいと思っていた髪型。偶然でも、この髪型になって嬉しかった。
「初めてにしては上出来かな。」
鏡に映る加州清光は満足げな顔だった。初めてでこんな整えれるなんて、凄く器用な人なんだろう、はっきりと分かった。
「有難う、加州。」
彼の顔を見ながら、お礼の言葉を口にする。一瞬目が開かれたけど、すぐに無表情に戻った。
凄く緊張した。家族以外で男子を呼び捨てを口にしたのは久しぶりだ。
「どういたしまして。」
後片付けをウチ達は始めた。ちらちらとウチの目に赤がチラつく。
加州の赤く塗られた爪。なんだか引き込まれそうな深い色に、目が離れない。