第2章 加州清光
久しぶりに髪が短くなり、首がすうすうする。床に散らばった傷んだ髪は、今は置いておこう。それよりも怪我だ。
叩かれて落ちた布を、桶に溜めた水でまた濡らして絞る。
彼の方に振り向けば、顔を下に向けていた。
(えっ…、どうしたの?)
慌てて布を手に近づけば、気配で分かったのかまた顔を上げる。ウチでは何を考えてるのか分からない表情が、そこにあった。
極力、目が合わないように逸らしながら、彼に触れる。男に触れるのなんて、弟以外では初めてに近い。
「痛かったら、言ってください。」
気まずくて、声が小さくなる。布を持ち直して拭こうとした瞬間、トンッと肩が重くなる。何かが乗っかった。
何なのかはすぐに分かった。
(はい…!?)
横を見れば、黒い。見事に手入れされたウチとは違う髪。頭、加州清光の頭がそこにあった。
何で…?男に対する経験値が無いウチにとって、この行動はテンパる要因にしかならない。顔に熱がこもる。熱い。
「アンタの本心はどっちなの?」
耳に直接囁かれて、くすぐったい。折角泣き止めれたのに、涙が出てくる。
「え…。」
「だから、…アンタは俺をどうしたいの?死んで欲しいの?それとも、」
生きて欲しいの?と言って肩から頭が離れる。さっきよりも近くなった顔。くっつくまでそんなに距離なんてない。
視線を下に向ければ、返事の催促が来る。
「…死んで欲しくない…です。壊れて欲しいなんて、思ってない。」
「そっか…。」
綻ばせたような笑顔を微かに見せる。横目で見ていたら、肩に重みが乗る。また、加州清光の頭が肩に乗っている。
「あ、あの…。」
恐る恐る呼びかけてみても、返事が返って来ない。むしろ、規則正しい呼吸音が微かに耳に響く。
(ね、寝てんの?マジで!?)
退かそうとしても、怪我人にそんな事は出来ない。そのまま固まったままでいた。
触れば、気持ちよさそうな黒髪が近くにある。寝ている事を良い事に、触りたい衝動に駆られる。
(少しだけなら…。)
触れば、やっぱり柔らかい。何回か静かに触った後、ウチは呟いた。
「本当に、ごめんなさい。もう誰にも”壊れろ”なんて言わない。誰も、傷つけないようにするから…。」
この人には聞こえてないだろう。それでも、もう一度言いたかった。
これはウチにとって成長に必要な事なんだろう。