第9章 沖田総司の愛刀
「そこにおるのは何者だ?」
柔らかく、優しい声音。だが、声だけで気品があるように感じる。
急に声を掛けられて、吃驚した。正直な所、それの所為で心臓が痛い。それに一面水だらけの所に何で、音を立てないの?
赤い袴に向けていた目を上げて、多分、ウチの正面にいるであろう声の主に顔を向けた。
「うむ…男か…。いや、白拍子のソレにも似ている。では、女子か…。」
平安貴族が着ていそうな着物ーー狩衣を着た女の人に間違えそうな程、目鼻がすらっとした男の人が立っていた。
口元を袖で隠し、首を傾げてウチをまじまじと見てくる。
「小童にも見えるが…。」
顔が目と鼻の先に近づけられる。その男の目は藍色で、瞳の中には三日月があった。何とも迫力のある綺麗というのに、言葉もなく呆然と見とれていた。
「だが、身体つきや骨格、男のそれとはやはり違うな。」
やはり、女子か!自己完結したようで、近づいていた顔をゆっくりと離していった。足元には大きな波紋が広がっていく。
袖で口元は見えないが、目を三日月の形にして笑っていた。
この人は何なの?寧ろ、人じゃないでしょ!?こんな、こんなーー、
「名は何と言うんだ?」
「岩動……千隼…です。」
男はウチに名前を聞いてきた。威圧みたいなものや、何とも表現のしようがない緊張がウチの中で生まれていた。
「おお、岩動…千隼……。」
口元から袖を降ろし、ウチを三日月が入っている眼で見てきた。何処か優しそうに見える。
「俺の名は三日月宗近。まあ、天下五剣の一つにして、一番美しいともいうな。十一世紀の末に生まれた。ようするにまぁ、じじいさ。ははは。」
とんでもない事を平然と言う美人な青年は、笑っていた。それに、この人今、天下五”剣”って…。
「”剣”…!?」
「ははは、そう。俺は”刀”だ。して、千隼は何故こんな所にいる?」
当たり前だという様に、自身を”刀”だと話す”三日月宗近”さん。でも、納得はした。
三日月さんの腰には刀があった。刀身がどんな感じなのか知らないけど、付喪神であるこの人が物凄い美人だから、刀で間違いないだろう。
「あ、えっと…。」
「うん?」
急に名前で呼ばれて、急に質問されて、頭の中がテンパっていた。相手はウチが答えるのを待っていた。