第8章 演練
顔を上げると、和泉守さんが目の前にいた。そして、手が伸ばされている。多分、その手がウチの頭を撫でているんだろう。
「別に、アンタが謝る事じゃねーだろ。寧ろ、謝んなきゃいけないのは俺達の方だ。」
和泉守さんも加州と同じ事を言った。和泉守さんの言葉に同意を示すかの様に、謝罪の言葉が口々と零れてくる。
「ごめん、千隼。……ごめん。」
今まで力なく座り込んでいた加州が立ち上がり、ウチに頭を下げた。
何で、皆が謝るの?何で?
「お前が決める前に、やるって決めっちゃって。それで簡単に負ければ野次の連中が色々言ってくる。それが俺達だけならまだしも、お前までーー、」
「違う!!」
遮る様に大声を出したのはウチだった。本当にここは、声が良く響く。突然の大声に辺り一面、静かになる。
「謝んなくちゃいけないのは、ウチだよ。ウチの方だ!だって、だってーー、」
皆を指揮出来る程、知識があれば同じ負けるでもここまでにはならなかった。上手く、指揮が取れていれば良い所までいけた。
引っ込んでいた涙が、復活してきて目から零れ始める。それに加えて、嗚咽も交じってくる。
「……千隼。」
「違う、皆じゃ、無い!」
唯一の救いは、本当の戦闘でない事。疑似戦闘であった事。死ぬ事が無い手合わせであった事。
本当に戦闘であったら、今頃、皆はウチの目の前にいない。話す事も触る事も出来ない。目の前に折れた刃の残骸だけ。
ああ……自分が生きてきた世界はどんだけ平和なんだろう。こんな恐怖がつい70年程前まであったのに、今に生きる人間は味わないだろう。
数年前、自分の身近な人が自分の身近な所で亡くなった。身近というよりも、弟の同学年の人で面識なんてない赤の他人だ。
弟の同学年のその人は数日、消息を絶っていて、皆心配していたらしい。所謂、行方不明。
次に彼が見つかった時は港の底だった。
それが夕方のニュースで流れた瞬間、弟は家を飛び出した。
関係なんて無いに等しいウチは、良く報道されている事だと普段なら思うはずなのに、背筋が冷たくなった。
身近な人の関係者で身近な場所。”身近”という言葉だけで、こんなにも恐怖を感じる。人の死が身近に感じる。
今日、知ったのは自分の無力さだった。このままでいれば、誰かの死をまた見なくちゃいけない。教えられた気がした。