第8章 演練
涙でぐしゃぐしゃになった顔を向けると、額を切ったのかもしれない、額から血を流した顔で少しだけ笑っていた。
もう、ごめんしか出てこない。
「お前が……答えを出す前に、俺が決めちゃったんじゃん。やる、って。だからーー、」
最後まで言い終る前に、加州はウチの両耳にそれぞれ手で覆った。音が微かにしか聞こえない。
何やってるの?よく分からない加州の行動に、自然と涙が止まる。何でこんな事をするの?口を開いて聞こうとした瞬間、加州の声に遮られた。
「お前は黙ってて。何も聞こうとしないで。」
微かにしか聞こえないウチの両耳には、そう聞こえた。距離が近いからまだ、はっきりと聞こえる。
加州の言葉が言い終ると同時に、何処からか大きな声の罵声みたいなのが聞こえた。
ここから距離が遠いから何か言っているとしか、認識できない。でも、人間でない加州には十分、いや、寧ろあり過ぎる様で、加州は痛みとは別で顔を歪ませた。
この罵声の様な大声の所為か。そう思った。
「黙ってて…。まだ、聞くな。」
「うるっせー!!テメー等には関係ないだろ!!?」
また加州の声が聞こえた。言い方はいつものだけど、声音は優しい。でも、表情はいつかの時みたいに怒りの色が見えていた。
加州の声が止んだと思ったら、隣から加州以上の大声が聞こえた。しかも、聞きなれたべらぼう口調と低い声。
「兼定……。」
和泉守さんだった。横目で見える範囲に、あの浅葱色が入っていた。それだけで、彼なのかと理解した。
でも、外野らしき声は止まない。寧ろ、声の数が多くなっている気がする。
それに比例するかの様に、加州の怒りも増幅している様だった。
なんとなく、何かマイナスな事を言われているんだと感じた。多分、弱い癖して何、挑んでいるんだ!とか、うわ、弱っ!?とか、そんな感じ。
でも、確かな事は加州によって阻まれている。別に、罵声みたいな事を言われていたとしても、キレるだけで特に何もないのに……。
「何か直接言いたい事があるのなら、降りて来い!」
何処かに何かがぶつかる音が聞こえた。その音に驚いたのか加州の手がウチの耳から離れた。
衝突音が消えた直後、ややバリトン気味の青年の声が静かになったこの空間に、響き渡る。
彼の手には刀とその頭上付近には、いくつもの石が浮かんでいた。