第4章 その娘、武人にて迷宮に挑む
煌帝国に来て二週間が過ぎた頃。
やっと慣れてきた新しい環境での暮らしに、莉蘭は少し退屈していた。
毎日のように決まった時間帯になると書斎に行き、紅炎が居ればお茶を淹れて一緒に過ごすのだが、何時も彼は書物やら書類やらを読んでいて莉蘭はそれを眺めているだけなのだ。
然も居ないなら居ないでする事が全く無い。
偶に本を借りて読んだりもするが、矢張り体を動かしたいと思ってしまう。
別に読書は嫌いではないし、深蒼でもよく読んでいたが、毎日やっていた運動を急にしなくなると今一生活に張りが出ない。
元々何でも自分でやる主義で毎日何かしらと体を動かしていた為、こうも暇過ぎてはそのうち心が干からびてしまうのではと思う。
とは言え、皇女である身として、妻である身として、その他諸々の事情を考えると莉蘭はそれを言い出せずにいた。
今日こそは、と思い今も書斎に居るのだが、矢張り言い出せずにいる。
(だって凄く集中して読んでるんだもん。邪魔出来ないでしょ。)
紅炎の仕事を邪魔してまで話すような事でもない。
かと言って諦められないのだが。
何がともあれ言い出さなくては始まらない。
如何したものかと手元の湯呑みを凝視していると、それに気づいた紅炎が「如何かしたのか」と声を掛けてきた。
莉蘭はこれ幸いとばかりに話を切り出す。
「あの、非常識なのは十分、分かってはいるんですが…」
そこまで言ってちらりと様子を伺うと、紅炎は此方を見て黙って聞いてくれていた。
然し内容が内容だ。
女としてそれは如何なのか、と言われてしまいそうで少々躊躇う。
莉蘭が口籠っていると、紅炎は「話せ」と言って続きを促してきた。
莉蘭は小さく深呼吸すると、紅炎を上目遣いに見ながら「その、兵の訓練に参加したいんです」と言った。
若しかして予想していたのだろうか。
紅炎はあまり驚いていない様だった。
…それはそれで何か複雑な気分だが。
「ほう。何故だ。」
「え、理由ですか?…そうですね、強いて言えば運動不足だからです。小さい頃から兄と一緒に鍛錬をしていたんですが、最近運動してなくて。その…ちょと物足りない、と言いますか…」
莉蘭がそこで言葉を切ると、紅炎は顎に手を当てて考え始めた。
その光景を莉蘭は黙って見守る。