第5章 その娘、妻と成りて恋を知る
「……。」
一人で百面相をしながら考え込む莉蘭を他所に、紅炎は存外楽しげな気分でその光景を眺めていた。
眉間に皺を寄せて一点を見つめる姿は真剣そのもの。
だが然し、紅炎は別段答えに期待はしていなかった。
事の発端は、扉の前に変な体勢でしゃがんだ莉蘭を見つけたところから始まる。
如何考えても盗み聞きしていたであろう状態で、此奴は散歩だと吐かした。
それだけなら未だ呆れる程度で事は済んだ。
話していた内容も大した事ではなかった為、聞かれても問題は無い。
然し、紅炎は莉蘭に何時もと違う違和感を感じた。
そう、目が腫れていたのだ。
まるで泣きじゃくったかの様な赤色を差した目元。
それが目に入ると、一瞬にして怒りが湧き上がってきた。
______誰が此奴を
そう思うと確かめずには居られなかった。
部屋に引き摺り込んで、呆然と床を見つめて立っている莉蘭を無理矢理座らせて。
そこで漸く、莉蘭が何かに酷く怯えていることに気が付いた。
それを見て、以前にも似た様な事があったと思い至る。
此奴と、莉蘭と会って間も無く、面白半分で部屋で迫った時。
あの時、自分を突き放して睨んだ後、こんな風に酷く怯えていた。
そこまで考えた後、紅炎は溜息を吐いていた。
こんなに怯える程自分は恐い顔をしていたのか、と。
「何をそんなに怯えている。」
そう問えば、案の定莉蘭は自分が何かしたのではと思っている様だった。
然し客人の相手をしていたのだと言うと、今度は訝しげな反応を見せる。
女だったのかと尋ねられ、此奴は面白い勘違いをしているな、と思った。
その頃にはすっかり怒りも消え失せて、俺の為に泣いたのだと知り、自分に腹を立てていたのかと考えると少し可笑しかった。
逃げようとする莉蘭を押さえつけて、深く口付けると、莉蘭は思いのほかいい反応を見せ、それが少し楽しくなっていった。
その感情は次第に、『此奴は今自分をどう思っているのだろうか』という興味へと変わっていった。
そして、事は現在に至る。
「……。」
未だ莉蘭は一点を睨みつけて、正に必死の形相で考えていた。
そろそろ勘弁してやるか、と紅炎が口を開きかけた時、莉蘭の答えは出た様だった。