第10章 番外編 岩泉一side
「さっきのメガネの子さぁ……」
「またその話か、くどい」
「だって岩ちゃんが何にも教えてくれないからじゃん」
「教えることなんて何もないって言っただろうがっ」
2年になった春。
1つ下の幼馴染が入学してきた。
幼稚園時代から3軒隣に住むそいつは、昔から本ばっかり読んでるヤツだった。
彼女と喋っているところを偶然及川が見ていた。
「あの子、可愛いよね」
及川徹が簡単に口にする日常の一言。
社交辞令のような、聞き飽きたセリフ。
なのに、この時ばかりはギクリとした。
「おまえの可愛いは基準低いんだよっ」
「そんなことないって。俺の目はたしかだよ」
「誰彼かまわず可愛い、可愛い連呼するのヤツの目なんか信用できるか」
「岩ちゃんよりは俺の目の方が信用できると思うけど~」
「あぁっ!?」
「だって、岩ちゃん、彼女いない歴……もう2年だったっけ……?」
よく覚えてやがる。
「てめぇみたいに毎月彼女が変わるヤツに言われたくねえ」
「またまた、羨ましいくせにぃ」
ヘラヘラ笑う端正な顔立ちは、嫌味がないから余計ムカつく。
「つか、さっきのヤツに間違ってもちょっかい出すんじゃねェぞ」
「あれ、あの子なにか特別な子なの?」
「別にそんなんじゃねぇよ」
「じゃあいいじゃん」
「ダメだ」
「なんで」
「うるせぇっ」
これで話は終わりだとばかりに部室に入ると、バサバサと着替え始める。
「何怒ってんのさ~」
ロッカーが隣同士なのが、こういう時は面倒くさい。
「怒ってねえっ」
別に、怒ってなどいない。
ただ、これ以上、何も訊かれたくなかった。
何も話したくなかった。
及川に、あいつのことを知って欲しくなかった……。