第8章 番外編 及川徹side
「ねえ岩ちゃん、今のあの子、誰?」
「あ?」
「ほら、岩ちゃんが話してたメガネかけてた子」
「ああ、うちの近所に住んでるヤツ」
「……」
「……」
ふわりと上から桜の花びらが舞ってきた。
目の前にふわふわしている薄ピンクの一枚をぐわっと手で掴んだ岩ちゃんは、手のひらに張り付いた死に体の花びらをじっと見て、それからペッと指で弾いた。
「……」
「え、ちょっと説明それだけ?」
「それだけって、それで十分だろうが」
「え、いやいや、今の全然説明になってないよ!」
新入生だろうとはわかった。
制服が新しい。
それに初々しさがある。
岩ちゃんとずいぶん親しそうに話してた。
ちょっと離れて待ってた俺には全く気付いてなかった。
岩ちゃんしか見てなかった。
「新入生だよね、あの子」
「………」
「近所って言ってたけど、幼馴染とか? でも小、中と違うよね?」
岩ちゃんと俺は、小学校からずっと一緒だ。
だけど、彼女のことは今まで一度も見たことがない。
それは間違いない。
「うっせぇなぁ……あいつは小中と桜香だったんだよっ」
「うわっ、お嬢様じゃん!」
桜香学園といえば、共学だけど私立のお坊ちゃまとお嬢様学校として有名だ。
何を隠そう、及川の姉も幼稚舎からストレートで桜香出身だ。
「そんな子と岩ちゃんが何で知り合いなわけ?」
「だからっ、家が近所で小さい頃から親が仲良かったんだよっ!」
「半ギレで言うこと?」
なんだか岩ちゃんは、あまりあの子の事は話したくないようだ。
「あ、もしかして岩ちゃん、あの子の事好きなんじゃない?」
ハハッと軽く茶化すと、スコーンと肩にかけていたスポーツバッグで殴られた。
「痛っ、なにすんのさっ!」
「てめぇがうだうだうるせぇからだろうが」
「……図星だから怒ってんじゃん……痛っ!!!」
小声で言ったのに。思いっきり足を蹴られた。
岩ちゃんがあんなに親しげに女の子に話しているのを見るのは初めてだった。
小学校からの付き合いなのに、岩泉一が女の子と親しく話しているのを見たことがない。
いつもストイック。
そこがかっこいいと、中学ぐらいからは密かに人気だったようだ。
まあ、俺の人気にはかなわないけど。