第5章 初めてのデート
「ちょっとはなさん、はぐれないで」
「でも、人が、すごくて……わっ」
「ほら、こっち」
人ごみの中、ぐいっと彼女の肩を抱き寄せる。
「ちょっと僕の視界から出ないでくれる?」
「別に好きで出たいわけじゃ……」
「ただでさえ小さすぎて見えないんだから」
「……はい」
どっちが年上なのかわからない。
「背が高いと、混んでるところでも大丈夫だからいいね」
「背は関係ないデショ。要領の問題だから、こういうの」
「……はい、ごめんなさい」
部活が休みになった土曜日。
何度かLINEでやり取りして待ち合わせたのは、もうすぐ閉館する水族館。
待ち合わせの駅からすごい人だった。
「なにココ、そんな有名な何かがいるわけ?」
小さい頃からスポーツ見るのは好きでも、魚や動物は特に興味がなかった。
「わからない。土曜日だからかな」
たしかに家族連れが多い。
「で、ここに何を観にきたわけ?」
「ここ、実はとっても珍しいサカナがいて……」
深海魚なんかにありがちなヘンな名前を幾つか教えられる。
「なにそれ、ホントに有名なの?」
「あ、どうかなぁ……」
どうやら「個人的に有名」のようだ。
「普通にイルカとかのほうが人気っぽいけど」
派手なイルカショーの看板もある。
「かも……」
イルカは見たいわけじゃなさそうだ。
「まあ、観たいとこ行って。ついてくから」
肩から手をはずすと、彼女の手を握る。
「……っ」
「何赤くなってんの……はぐれたら困るでデショ」
「……うん」
「あんなにぐちゃぐちゃに感じた姿見せてるのに、手つなぐのは恥ずかしいんだ」
耳元でコソっと挑発すると、首筋までピンクに染まる。
「蛍くん、今日ありがとうね」
「なに、急に」
「最後に言うの忘れたらと思って、先に」
「……どういたしまして」
そういえば、自分から手を繋いだのは彼女が初めてだ、と思った。
これまでの彼女には、自発的になることがなかった。
勝手に告白されて、勝手にフラれる。
相手の気持ちがいつも何万倍も大きい。
その分自分の気持ちは冷え冷えだった。
でも、今回は違う。
少なくとも興味のない週末の行楽地に出向くほどには、
彼女に特別な気持ちがある。