第8章 In the closed closet
「一週間くらい前に、菊んちで異常なエネルギー値を計測したんだ。けどなにもなかったんだよな、菊?」
「え、えぇ。報告差し上げるようなことはなにも……」
どうやら菊は、私の訪問をアルに言っていないらしい。
“私の訪問”は“なにもなかった”とは言えないはず。
しかし菊はすばらしく冷静だった。どこ吹く風の涼しい顔だろう。
「その数値が、女の子が現れたとこから計測されたんだ」
「へ、へぇ~」
「しかもその数値が計測されてすぐ、意識障害の救急要請がどっと増えたんだよ。一週間も、さっきも」
「それは初耳ですね」
菊が素直に驚いた。私の目も見開く。
私がトリップした先のエネルギー値(なんのエネルギー値かは不明)が急激に上昇。
その上昇のために意識障害件数が増加。
まとめるとこんなことが起きたらしい。
それに彼の口ぶりは――まるで私が引き起こしている、とでもいうようだ。
アルはなおも続ける。
「だから、その子がなにか関係してるんじゃないか、って思ってる。大体いきなり逃げ出すとかおかしいしね」
いきなりスコーン+「捕まえろ!」で逃げないのもおかしいと思います。
「もしその方を見つけたらどうするおつもりですか?」
「んー、とりあえず話を聞かせてもらうんだぞ!」
「万が一本当に関係者でしたら?」
「協力を得られたら嬉しいぞ」
尋ねていた菊が、凍ったように押し黙った。
場を再び沈黙が支配する。
アルの声色が、ナチュラルに黒かった。
本人に悪意はないのだろう。だからこそ、余計に暗黒純度が高かった。
大体アメリカンなアルフレッドさんの言う“協力”って……一体なんなんでしょうね?
乾いた笑みが浮かんだ。そこはかとない命の危機を感じる。
ルートが私を隠した理由が、骨の髄まで染み渡るように理解できた。
よく考えればわかることだった。
今にも大きな災いを引き起こしかねない異変、それに関係する可能性の高い“鍵”。
他国に奪われたくない、自国で早く手に入れたい――普通はそう考えるんじゃなかろうか。
特に、アルフレッドは。
「……」
ルートヴィッヒ様に土下座して感謝を述べたかった。