第29章 for dear my imaginary blank
「フェリシアーノちゃん?」
張りつめていた空気のなかに、場違いに明るい声があがった。
フェリちゃんの背後から顔を出したギルと、それからルートだった。
そのデレデレとしまりのないギルの顔が、ふと固まる。
ただならぬ部屋の様子に気づいたらしく、一瞬にして眼光が鋭くなった。
「……お前すげー汗――って……」
アントーニョに向かった言葉が途切れた。
その視線は、アントーニョの手元――銃に注がれている。
ギルの喉仏が動いたのが見えた。
「なにがあった?」
冷静でいようと必死な声音で、ルートが尋ねた。
「……はよ行かんと、ロヴィーノ、戻らんと――」
「おっ、おい!」
うわごとを呟きながら、アントーニョが部屋を出ようとする。
ギルは彼の肩をおさえ、慌ててそれを制止した。
「わかるように説明しろ! あと少し休め!」
アントーニョの手から銃を慎重に取りつつ、ギルが言い聞かせる。
「それ麻酔銃や、音も鳴るし三日は起きれんから気ぃつけよ、そうや、本物じゃなかったんや、なのに、なんで――」
「だから動くな! あぁクソ、フランシス! 手伝え!」
たまりかねてギルが叫ぶ。
アントーニョは頭をおさえてふらつきながら、なおもギルを押しのけようとしていた。
「……ねぇ、公子ちゃん、兄ちゃんになにかあったの?」
フェリちゃんの一途な瞳が懇願してくる。
偽ることを一切許さない、透きとおった瞳にまっすぐに見つめられる。
目下努力中と言っていたパスタ、それが頭に浮かんで、すぐに消えた。
残ったのは、まだ瞼の裏に焼き付いている、血だまりだった。
「――私のせいなんです」
口をついたのは、そんな言葉だった。