第29章 for dear my imaginary blank
右の薬指が、痛い。
その鈍痛が覚醒を促してくる。
薬指の付け根、ちょうど骨がある場所へ当たるように、アントーニョが力強く握るものだから。
そしてその手を、私が同じくらいの強さで握り返しているから。
まるで痛みを感じることで、正気を保っているように。
「……び、びっくりしました……」
だから、その懐かしい声を耳にした瞬間、
「……き、く」
「え……ええぇぇ!? ちょ、どうしたんですか!?」
堰を切ったように涙が溢れだした。
あっという間に視界がぼやけ、嗚咽がこぼれる。
緊張の糸がプツンと切れて、体が前のめりに傾いだ。
壊れ物を扱うように優しい腕に受けとめられる。
――同時に、薬指の痛みが消えた。
「大丈夫です、ここは私の家ですから、もう安心してください」
柔らかな声と手が背中をさすった。
それがあまりに優しくて、よけいに涙がとまらなくなる。
「お二人とも一体どうしたんですか?」
「……ロヴィーノが――」
「兄ちゃんが?」
それは突然だった。
背後からの声が、アントーニョを遮った。
声の主は、開いたままの扉に立っていた。
「兄ちゃんが、どうしたの……?」
困惑と恐怖がないまぜになった瞳が、静かに見開いていく。
他の誰でもなく――フェリちゃんだった。