第21章 乖離する声を
「その名の通り、量子――言い忘れたが一番小さい単位のことだ――の完璧なコピーは作れないというものだ。
複製しようとすると、情報が吸い出され、最後にはオリジナルが破壊されてしまう」
ここで初めて、アーサーの眉がピクッと動いた。
「しかし、複製元が破壊されるから、残るのは完璧なコピーだ。
複製したのではなく、コピーがオリジナルになりかわる、ということになる。
つまりコピーはオリジナルになるんだ。だからこの定理に矛盾しない」
それどんなジャイアン理論?
ぶるぶる怯えだしたフェリちゃんに気づかず、なにかノッてきたのかルートはまくし立てる。
「原子の位置や数は全く同じだ。構成要素だけ考えれば、オリジナルと全く変わらない。
そもそも、呼吸するたびに体を構成する原子は入れ替わるんだ。
さらに細胞分裂、代謝で、去年の自分を構成する原子と、今の自分を構成する原子は全く違ってくる。
なら、去年の自分と今の自分は別人なのか?
量子テレポーテーションは、テレポートする前に考えていた詩の続きを、テレポートした後でも考えられる。
これはクローンか? オリジナルではないのか? なにを根拠にクローンだと――」
「でも“心”は」
遠慮がちに、けれど確かな声が、ルートの言葉を裂く。
菊だった。
その表情は、どう言語で表せばいいか、わからなかった。
演説を遮られたような表情で、ルートは眉を寄せる。
「“魂”は、わからないじゃないですか」
菊は、なにを思って言ってるんだろうか?
ルートはきわめて冷静に答える。
「……心だとか魂は、非科学的なものだから、存在を証明できないのに論ずることはできない」
「それは……そうですけれど……」
口ごもる菊。
らしくもないな、と言いたげにルートは菊を見た。
……みんな、怖いんだろうか。
「……て、ことはさ……」
今にも泣きそうな声でフェリちゃんが呟く。
「もしこのアーサーが俺の知ってるほんとのアーサーだとしたら、コピーのアーサーがこのアーサーになりかわりにくるんでしょ?」
「………………ハァ?」
まるでフェリちゃんから「実は俺火星人なんだよね」と言われたような反応をするアーサー。
フェリちゃんの問いは、見当違いもとい、路線が斜め右上上空に舞い上がっていた。