第11章 ある報告書より
「そんなに不思議ですか?」
おもしろいのか、菊が首を傾げて問う。
アーサーは菊を見たまま、目をぱちくりさせた。
「鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてらっしゃいますよ」
「え」
アーサーは言われて初めて、自分がそんな表情をしていることに気づいた。
無理もない。
彼が目にした文章は、予想外のものだったからだ。
ジュピター・エフェクト
「…… 木 星 効 果 」
絞り出すようにアーサーは言った。
なぜ、今さら“木星効果”なんてものを提示してきたのか。
それがわからず、アーサーは返答を求めるように菊をじっと見た。
彼の唇が、ゆっくりとひらく。
「木星効果のメインとなる力は潮汐力(チョウセキリョク)です。これは重力による二次的な力で、潮の満ち引きをうむ一種の引力といえます」
アーサーは落ち着かないのか、手元にあった塩の小瓶を手で弄んでいた。
視線を中空によこたえたまま、菊は続ける。
「月にも潮汐力があります。まさに潮の満ち引きを起こしている力ですね。
この月の潮汐力が地球に及び、地震の最後のトリガーを引く。
同じように、木星の潮汐力も地球に及んで――」
「けど、木星から地球への潮汐力って微々たるものだろ? 影響小さすぎて問題にするまでもない」
「ですが覚えていますか? “摂動力”です。太陽や他の惑星が月に与える引力は、地球が月に与える引力よりとても小さい。
しかしそれらの力が長期的に働くことで、言うなればネチネチとちまちました影響を与え続けることで、月の楕円運動を複雑にしている――そんな作用です」
「ちりも積もればなんとやらってやつか。覚えてるぜ、見せてもらった気味の悪い月の動きと一緒にな。
……たしかに、木星効果は摂動力といえるかもしれないが……」
言葉につまり、アーサーは考えをまとめた。
つまり菊は、
『木星の潮汐力といった地球外の力は、地震を引き起こす重要な要因のうちのひとつ』
とでも言いたいのか?