第5章 【国見 英】何かが足りない
保健室には誰もいない。
そうだ。
先日の全校集会で佐藤先生がつわりで体調を崩してしばらくお休みすると言っていた。
誰もいない保健室はガランとしていて、何かが足りていない。
俺は椅子に座り、先ほどもらったチョコを口にする。
チョコレートの中にはキャラメルが入っていた。
「あま…」
美味しいのに何か足りない。
口の中からキャラメルの香りがして、ふと先生の机に目を向けたけど、もちろん佐藤先生はそこにいない。
俺の目から涙が流れ落ち、頬を伝い口の中に塩っ気を感じた。
実らぬ恋が塩で、恋心が甘さ。
涙が塩で、想い出が甘さ。
「先生。俺…嫌いだよ、塩キャラメル」
俺は鈍感な方ではない。
むしろ敏感な方だ。
ただ、気付いて顔に出した途端、全てが崩れてしまうんだ。
目の前にある甘い甘いチョコレートのような恋よりも
涙を流すほど塩っ気のある塩キャラメルのような恋を欲してしまう。
もう一つチョコを手に取って半分に割り、キャラメルの匂いを嗅ぐ。
「佐藤先生・・・」
今の俺に足りないのは、睡眠時間でも脳への酸素でもチョコレートの塩っ気でも保健室にいるはずの養護教諭でもない。
佐藤ひろか。貴方が足りない。
TheEnd
「甘い」「涙」「禁断」