第9章 手を差し伸べてくれたのは
「これはな!汐さんと離れ離れになって寂しそうな夏貴を元気づけようって!似鳥が言い出したんだぜ!」
「え…似鳥先輩が?」
豪快過ぎる部員達の陰に隠れていた似鳥が夏貴の前に歩み出た。
「びっくりした…よね?」
「ええもうそれは…」
「100点満点のリアクションだな!」
「いつも澄ました顔の夏貴のあんな顔やこんな顔が見れたな!」
似鳥が何か話そうとしているのに、ガヤが騒がしい。
茶化す部員たちに、ちょっと!もう、静かにしてて!と似鳥が吠えると、改めて夏貴の方へ向き直った。
「夏貴くん…その…」
「はい」
似鳥が大きく息を吸って吐くと、意を決したように大きな声を出した。
「ぼっ…!僕達は…っ!同じ水泳部の部員だけど、ここではそれと同時に家族だからね…っ!だから…、その、なにかあったら、凛先輩だけじゃなくて、僕達にも頼って欲しいな!」
一息で言い切った似鳥はまっすぐ夏貴の茜色の瞳を見つめる。
なぜ夏貴がまろやか練乳仕立てミルクセーキが好きなことが明るみになっていたのか。
それは昨晩、似鳥が外の非常階段で話す凛と夏貴を目撃したからだった。
夏貴の元気が無かったことには似鳥も気づいていた。
凛が部屋から出ていった後、何かあったのか聞こうと夏貴を探していたら同じように夏貴を追う凛を見て、悪いとは思いつつ階段下の陰でふたりの話を聞いていたのだ。
耳にしたふたりの会話は、似鳥の想像や経験を遥かに超える程つらく、悲しいものだった。
きっと夏貴の意識の中で家族と認識しているのは姉の汐だけだろう。
汐には凛がいる。
では、夏貴は?夏貴の孤独は誰が包み込むのだろう、心は誰が温めるのだろう。
汐の今置かれている状況を考えると、きっと姉には頼らない。
凛には自分ではなく姉を守って欲しいから、一歩引くだろう。
夏貴は人見知りで、感情を表に出さないから恐らく誰もその寂しさや孤独には気づかない。
だから、似鳥は手を差し伸べた。周囲には姉と離れて寂しそうな夏貴を元気づけたい、という方便を使って。
似鳥は夏貴に自分が選んだ道を否定して欲しくなかった。
「…!」
暗闇に一筋の光を見つけたようだった。
何故似鳥が急にあんなことを言ったのかは分からない。
しかし今はそんなことはどうでもよかった。
目頭が熱い。鼻の奥がつんとする。
似鳥の言葉が、先輩の励ましが温かく胸に沁みて言葉につまる。