第7章 *さいしょの一歩。【菅原孝支】
「管原、なんで、部活は?」
「ちょっと先生に呼ばれてて、今来たとこ。
珍しいなー、谷口がこんなとこいるなんて。」
動揺を隠しきれていないであろう私とは裏腹に、管原はいつもと変わらない様子で横を通り過ぎる。
状況の整理が追いつかない。 頭の中がぐるぐるして、変な汗が出る、目頭がじわりと熱い。
「…今の、聞いてた?」
震える喉でやっと絞り出した私の言葉に、体育館の重い扉を開けようとしていた管原は手の動きを止めた。
時間でも止まったのかと思うほど長い沈黙。
いや、私がそう感じただけで本当は一瞬だったかもしれない。
伸ばしかけた手を下ろして振り返った管原は、気まずそうに目を伏した。
問いかけに対する答えがイエスであることは一目瞭然。うまく機能していない脳でもそう判断できた。
聞かれてしまった。よりによって、管原に。
今すぐ走って逃げ出したい衝動に駆られたのに、足が地に張り付いて動かない。
「……はは、冗談だよ!ごめん、ビックリした?」
あぁ、またやってしまった。私の悪い癖。
沈黙に耐えられず口をついて出たのは心にもない逃げの言葉。
菅原は顔を上げて私を見るけれど、何も話そうとはしない。
「…じゃあ、また」
「俺も好きだよ。」
また明日。そう言いながら背を向けた私は、思いがけない彼の言葉によって踏み出しかけた足を止めた。